鬼熊俊多ミステリ研究所

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名探偵コナツ 第1話  江戸川乱歩類別トリック集成①

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 江戸川なんて名字のせいか、私はよく事件に遭遇した。名字が江戸川だからって事件に遭遇すると考えるなんてオカルト以外の何物でもない。だが、ではなぜ私は普通ではありえない高い確率で事件と遭遇するのか? こればかりは何度論理的説明を試みても納得のいく答えが出たことはなかった。
 休み時間、気分転換のために高校の敷地内を歩いていると、校舎の曲がり角の方からくぐもった声と何かが倒れる音がした。
 事件の予感しかしない。
「あー、本当に勘弁してもらいたいんだよな」
 私はぺしと額に手をやり、盛大に独り言を言うと、校舎の角を曲がった。
 数メートル先、女子生徒がうつ伏せで倒れているのが目に入った。後頭部に怪我をしていた。茶髪のせいで出血が目立つ。頭は校舎とはちょうど反対方向を向いていた。
 足の方には、へたり込んでいる別の女子生徒がいた。
 私は倒れている女子生徒に駆け寄ると、脈を取った。ごく自然にこういった行為ができる自分の経験が恨めしい。
 死んでる。
 これで救急車を呼ぶ必要はなくなった。
 へたり込んでいる方の女子生徒に声をかけた。
「何があったの?」
「と、突然ブロックが落ちてきて」
 確かに被害者の頭の横には血のついたコンクリートブロックがあった。大体ティッシュ箱ぐらいの大きさだ。
 へたり込み女子は言葉を続けた。
「先輩――この倒れている人、三年生の日暮先輩なんだけど、私をかばったせいでこうなったの」
「どういう意味?」
「ブロックが落ちてきて、そのとき私を押しのけてくれて、でも自分にブロックが当たってこんなことに……そのときのショックで私、腰を抜かしちゃって」
「それはないね」
 私は頭を掻いた。
 女子生徒は私を見て目をぱちくりさせた。信じられないものでも見るような目だ。私としては、今の嘘が通じると思っている方が信じられない。
 どうやら目の前のへたり込み女子は感情優先、思いつきで行動するタイプらしい。私が大声で独り言を言っていたのでその存在に気づき、とっさに芝居することにしたのだろうが、その出来はあまりに杜撰だ。
「あの、私が狙われてたの本当に。クラスメイトに聞いてもらっても、部活仲間に聞いてもらってもわかるから!」
「……一応トリックは用意してたってことか」
「トリックって――」
「校舎のこちら側は窓がないからブロックが落ちるとしたら屋上からだけど、この人――日暮先輩だっけ? 屋上下から10メートルは離れてる」
「だから?」
「コンクリートが当たるはずがないってこと」
「犯人が投げたのよ」
「重いよ、これ」
 私はそう言うと、ポケットから出したハンカチを添えてブロックを片側の角が地面についた状態で10㎝ほど持ち上げ、すぐに下ろした。やっぱり重い。数キロはありそうだ。「力持ちの人なら――」
「この重さのものを屋上から地上の人間を狙って当てたってこと? ちょっと難しいんじゃないかな」
「できる人はいるわ。それに私を狙ったものが当たったの。私をかばってくれたから当たったわけで、犯人もそこまでコントロールが正確じゃなかったのかも」
「かばってくれたね……」
 この人、本当に頭の中が豆腐だ。
 私の台詞を同意と見なしたのか、へたり込み女子は勢いづいた。
「そうよ! かばってくれたのよ!」
「それはありえない」
「なんでよ!」
「あなたを守るためだったらこの人の前にあなたがいないとおかしい。つまり頭の方ね。かばうって、飛んでくるものが当たらないように体を押して避難させたってことでしょ?さっき確かそう言ってた。それとも落ちてくるものに対して盾になってくれた? どちらにしても位置関係的にあなたは被害者の頭の方にいないとおかしい。でもあなたは足元――校舎側にいる」
「それは動いて――」
「腰を抜かしたって言ってたよね? その場から動けないはずだよ」
「だから――」
「あなたがブロックを持って背後から殴りつけたと考えるのが自然だね」
「ぬ、濡れ衣よ!」
「そう? 私としては事件が解決してすっきりしたんだけど?」
 馬鹿にされたと思ったのかそのへたり込み女――もう立ち上がっているその女子生徒は私をにらんできたけど、本心からの言葉だった。
 私は目の前の事件を解決しないと気持ち悪いのだ。
 事件に遭遇しやすい自分の身の上に嫌気がして、何度か事件を見過ごそうとしたことがあった。そのたびに気持ち悪くなって吐いた。
 親の教育のたまものだろう。もちろん皮肉だ。
 中学の入学祝いは『有栖川有栖の密室大図鑑』(古今東西の有名な密室事件が紹介されているが、肝心のトリックについては説明されていない)だったし、録画したミステリドラマはラストを見せてもらえず結末を推理し正解するまで晩飯抜きだった。
 そんな虐待まがいの子育てにより、いつしか謎にぶち当たったら解決しないと嘔吐してしまう体質になったのだ。
 私は顔見知りの刑事に事件報告の電話をしようと、ポケットからスマホを取り出した。 ちなみに親の教育は推理力の強化だけではなかった。
 正面に存在する私の影に別の影がかかった。ああ、この人はなんてお粗末なんだろう、と私は思った。
 その影は両手でブロックを振り上げていた。バレバレだ。
 私は大きく左足を右前方に踏み出すと、右足による横蹴りを女子生徒の右脇腹に放った。肋骨を折った感触があった。
 相手は地面に倒れこみ、ブロックが転がった。
 護身のためというか犯人制圧のために、格闘技もみっちり仕込まれていた。
 父曰く、犯人を捕まえるまでが探偵だそうだ。

 

 名探偵コナツ 第1話 
 江戸川乱歩類別トリック集成①
 「犯人が被害者に化ける」
 (甲)犯行前に化けるもの
 (イ)犯人が被害者として自分こそ狙われているように装い、自分を嫌疑の圏外に置こうとするトリック。

 

 

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