鬼熊俊多ミステリ研究所

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名探偵コナツ 第2話 江戸川乱歩類別トリック集成②

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 放課後、校門に向けて歩いていると、クラスメイトの佐藤小乃子(さとうこのこ)が隣に並んだ。長い黒髪に白い肌、ほっそりした体つきと三拍子揃った美少女だ。走ってきたので少し息が荒かった。
「江戸川さん、今日は大変だったね。新学期早々あんな事件に巻き込まれて」
「いつものことだから」
「いつもの? 人が死んでるんだけど……」
「たまには死なないこともある」
「たまには?」
「冗談よ」
 物心ついたときから事件現場に遭遇してばかりだったが、殺人事件とそうでない事件、どちらが多いか数えたことはなかった。
 世間話をしているうちに私たちは校門を出た。
「じゃあね」
 私はひらひらと手を振った。小乃子の自宅がある方角は反対だったはずだ。自宅への帰路へと意識を向けた私に小乃子が声をかけた。
「校舎裏の丘に教会があるでしょ? そこに行ってみようよ」
「てことは、正反対だけど?」
 当たり前だが校門は校舎の正面にある。校舎裏とは真逆だ。
「一人より二人の方が楽しいよ。それにそこの教会には田之倉さんっていう名物牧師さんだか名物神父さんがいて、すごく楽しい人らしいの」
 どうやら教会に誘うためにわざわざ追いかけてきたようだ。
 小乃子は私の腕を取り目的地へと促した。おしとやかな見た目とは違って強引だ。
 腕を振り払うことは簡単だが帰っても特にやることはない。せっかく追いかけてきてくれたわけだし、とされるがままにしておいた。
 丘を登り、教会前までやってきた。マリア像があり、他にも複数の像があった。名前は知らないがすべて聖人のものだろう。
 小乃子は私から手を離すと、ドアの前に立った。
「鍵がかかってる」
 小乃子はドアノブを手をかけて何度か回した。
 行動的だ。
 まもなくドンドンと叩き始めた。
 おいおい。
 注意しようと決めたとき、ドアが開き初老の男が出てきた。黒い学生服のようなものを身につけていたが、それは足下をすっぽり隠すほど長く、ワンピースのように見えた。
「こんにちは! 田之倉牧師ですか?」
「はい、私は――」
「田之倉牧師ですよね? ここを一人で切り盛りしてるっていう?」
「はい、そうです。私が田之倉牧師です」
 田之倉は小乃子の勢いに気圧され気味に見えた。そのせいかどうか、何か言いかけようとしたが口をつぐんだ。
「私、幻影高校に通ってる佐藤小乃子って言います。中を見学させてもらってよろしいですか?」
 疑問形だが断られるとは思っていない声音だ。相手が断っても承諾するまで引き下がることはなさそうだ。
「ええ、どうぞ」
 田之倉は快く応じた。
 小乃子が入っていくので、仕方なく私も続いた。
 中は至る所に埃が積もり汚かったが、左右の窓には色とりどりのステンドグラスがはまっていて壮麗だ。
 正面奥には十字架がかけられていて、中央通路の左右には長椅子が数組並んでいた。十字架を背にした、説教を行うための講壇は長椅子のある床より二段ほど高かった。
「すごい。綺麗ー」
 小乃子ははしゃいでいた。目が輝いていた。埃っぽいのは気にならないようだ。美しいものにしか目が行かない、そんな性格のようだ。
 気をよくしたのか田之倉はペラペラと話し始める。
「そうでしょ、綺麗でしょ? でも天国っていうのはもっとすばらしいところなんですよ。人間は完璧じゃない。でも神様は完璧。もっと美しいものがたくさんあるんです。私もここの牧師をやっていて、天国はどんなところかって聞かれることがよくあるんですが、このステンドグラスの何百倍も美しいところなんですって説明するんです。神の教えを説くのにも役立ってますよ」
「そうですよね。こんなの見てたら私もキリスト教に改宗したくなっちゃうな。他にも見所はあるんですか?」
 小乃子はほんとにおめでたい性格をしている。しばらく付き合ってやっても良かったが、もう一人の茶番に付き合う義理はなかった。
「あなたはここの牧師で間違いないですか?」
 小乃子が楽しそうに田之倉と話しているところに私は割って入った。
 強引だなあ、と自分の事を棚に上げて小乃子は言った。
 一瞬田之倉は何を問われているかわからないという顔をしたが、すぐに落ち着きを取り戻し質問に答えた。
「もちろん。私はここの牧師の田之倉です」
「神に誓って?」
「はい、神に誓って」
 その答えを聞いた上で、私は田之倉の腹に正拳突きを入れた。
 あっけなく田之倉はその場に昏倒した。
 倒れた田之倉を二度見した小乃子は私に向かって叫んだ。
「な、何するの、なっちゃん? 牧師さん倒れちゃったよっ?」
なっちゃん?」
「小夏だから、なっちゃん
「えー、そうなの?」
「そんなことよりっ、いきなり殴ってどうしたの?」
「ここはカトリックの教会で、いるべきは神父。なのにこの人、自分は牧師だって嘘をついた。牧師はプロテスタントだから」
「どういうこと?」
「要するに、この人、ここの人間じゃなくて、田之倉神父の名前を騙った偽者ってこと。最初、あなたが田之倉牧師って決めつけたから、それで通してたけど、新しく派遣された牧師だって言うつもりだったはずよ。田之倉さん、名物神父だっていうからには、顔は知られてただろうし、まともな人間ならそうするね。あまりにも佐藤さんの圧がすごかったから作戦を変更して田之倉牧師で通すことにしたんだと思う」
「そ、そうなの? でもなんでここがカトリックの教会だってわかるの? プロテスタントの教会かもよ?」
プロテスタントカトリックの教会にはいろいろと違ってるの。あまり私も詳しいわけじゃないけど、気づいたことを言うね。
 教会の敷地内にマリア像と聖人の像があった。プロテスタントでは偶像崇拝を禁止してるからそんなものがあるはずがない。そして、プロテスタントは質素を尊ぶ。こんな派手なステンドグラスが窓にはまってるはずがないんだよね」
 私は窓のステンドグラスを指さして言った。
 綺麗だけどなー、と小乃子はつぶやく。
「あと、プロテスタントは牧師と信者は対等の立場ということになってるから、講壇と信者席の距離はもっと近いと思う。プロテスタントの教会に行ったことないからなんとも言えないけどね」
「でもなんでこの人、田之倉牧師のふりなんてしてたんだろ?」
「たぶん、神父服を着ていたことからすると、居座るつもりだったんじゃないのかな。ただの物盗りだったらわざわざ着ないでしょ」
「……なるほど。本物の田之倉牧師、じゃなかった、田之倉神父は?」
「死体になったにしろ失踪したにしろ、もう私の出る幕じゃないかな」
 私はスカートのポケットからスマホを取り出した。
「でも、もしよ? たまたま居合わせた牧師の人で、優しさから私に話を合わせてくれてただけだったら?」
「その可能性も考えた。その上で、神に誓ってあなたは田之倉牧師かって聞いたのよ。それでももし嘘を突き通すようだったら、本物だったとしてもろくな神父じゃない。一発ぐらい殴っても神様が許してくれるでしょ」
「すごいすごい! なっちゃんすごいよ! 私、感動した!」
 小乃子の賞賛に、はいはい、と応じながら私は警察への通報を済ませた。

 

 名探偵コナツ 第2話 
 江戸川乱歩類別トリック集成②
 (A)一人二役
 (1)犯人が被害者に化ける
 【甲】犯行前に化けるもの
 【ロ】人間入れ替わりのトリック。

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