鬼熊俊多ミステリ研究所

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名探偵コナツ 第9話   江戸川乱歩類別トリック集成⑨

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 佐藤由乃が私を別荘に誘った。
 そのため私は一人、曲がりくねった細い坂道を上っていた。迎えはなし。由乃本人は別荘で待っているそうだ。
 道の両脇にはちゃんと住居が建っていた。建物の土台の位置の高さがそれぞれ違っていて、一般の住宅地よりごちゃごちゃと入り組んでいた。その風景をおもしろい、と私は感じた。
 由乃の別荘はこの坂の頂上にあるそうだから、まだまだ歩くことになる。
 名探偵として日頃から体を鍛えているのでまだ息は上がっていないが、これは時間の問題だろう。着実に足に疲労が溜まっていた。
「おい」
 声をかけてくる者があって、私はそちらに目を向けた。
 野球帽をかぶった中学生の少年らしき二人がいた。ちょうど逆光によってその顔の判別はできなかった。その反面、映画や漫画などの演出でよくある、懐かしき日々の追憶的な映像らしさがあり、私は旅をしているのだ、と思った。一泊二日の予定だが。
 一人は小太りでやんちゃそう、もう一人は色白で線が細い。二人とも坊主頭で野球帽がよく似合った。
「おまえ、佐藤由乃の家に行くんだろ?」
 小太りの少年の質問に、ええ、と私は応じた。
「急がないとあいつをひどい目に遭わすぞ」
「どういうこと?」
 私は言いながら、すぐにでも少年を捕まえようと一歩足を踏み出していた。
 だが、少年二人は私の返事を待たずに背を向けて走り出していた。なんと早い逃げ足だろう。
 どうやら私の名前だけでなく、その性質についても多少は知識があったようだ。しかし、それでも坂道を上った疲労がなければ捕まえていた。それも計算に入れていたとしたら、手強い相手かもしれない。
 あの二人に恨みを買う覚えはなかったから、由乃の方に何か問題があるのだろう。財閥の娘ともなれば、本人でなくてもその親や一族を恨んでいる者がいてもおかしくない。
 携帯で電話をかけたが、由乃は出なかった。
 ようやく頂上にたどりついた。頂上といっても山の一角を整地した住宅地だ。なので一般的な住宅が並んでいた。
 私は携帯の画像を頼りに、その別荘を見つけた。別荘と言うよりは山小屋といった方がしっくりくるログハウスだ。
 ログハウスは川に隣接していた。
 その川の水は山下の海に流れ込んでいた。コンクリートで固められていて、幅は広いものの階段状になっていた。頂上から麓までで数えるとその段数は五段ぐらいか。
 ログハウスのドアが開き、慌てふためいた様子で先ほどの小太りな少年が出てきた。
 その直後、川に何かが大きなものが落ちる音がした。
 少年は私を見るとさらに慌てて明後日の方向へ逃げていった。
 中に入ると、玄関で靴を脱ぎ、奥へと移動した。リビング・ダイニングのダイニング部分に由乃がいて水道水で手を洗っていた。
 光の具合というか、由乃の雰囲気というか見え方がいつもと違った。何が違うかはすぐにはわからなかった。
「手を怪我しちゃって……。よく来てくれたね、なっちゃん
 由乃は背中を向けたまま私に言った。流しの上に血塗れた包丁があった。
「その包丁で怪我したの?」
「そうだよ」
「さっきの音は何? 川に何かが落ちる音がした」
 私はそう聞きながら、川に隣接した窓に行くと、そこを開けてその下を流れる川を覗き込んだ。水が流れているだけだ。
「誰かが石でも投げ込んだんじゃない?」
「ここら辺りから聞こえたんだけどね。さっき出てった子は?」
 私は話題を変えると、壁に背を預け、由乃を見た。
 由乃は指にバンドエイドを巻いていた。
 私は窓際の床が濡れていることに気づいた。ゾウキンか何かで床を拭いたのだろう。それが血だったとしたら、包丁で手を怪我した由乃の血だろう。でもなぜこんなところに? 血ではなく別の何かを落としたのか。
 もしここで包丁が使われたとしたら、それは由乃の血ではなく、別の誰かのものであるかもしれない。
「近所の子だよ。この別荘に来るたびに遊びにきてくれるの」
「歓迎ね……」
 由乃はいつも陽気でマイペースなのに、今日は少し声がうわずっていた。私相手に緊張しているようだ。珍しい。
「もう一人の子は?」
「見なかったなあ。どんな子?」
 由乃のとぼけた台詞に、私は頭をかいた。
「下手に誤魔化すのはやめた方がいい。あなたが相手にしてるのは私よ?」
「どういう意味?」
「江戸川小夏。呪われた名探偵よ」
「…………」
「あなたはあの子たちに何かされそうになって、抵抗した。その際に、包丁でその一人を刺し殺してしまった。そして、もうすぐ私が来ることがわかっていたから死体を隠すために窓から川に放り込んだ。それがあのときの川に何かが落ちた音」
「なんでそんなこと……? 物騒だよ。それに何かされそうなったって、なに?」
「うーん、もうこれ以上考えるの面倒くさいな」
「え?」
 私は由乃のところまで歩いていくと、手を伸ばした。
「見間違えると思った?」
 伸ばした手で由乃の髪を掴みそのまま引っ張った。ずるりと由乃の髪がその頭から滑り落ちた。その下には見事な坊主頭があった。ウィッグは高級品だろうが由乃の地毛とは光沢が違っていた。
「小太りの子が一人で喋って、色白の子は黙ってた。さすがに声聞かれたらばれるって思ったんでしょ?」
「ばれちゃったか。動機まで当ててほしかったんだけど」
「なんでこんなことしたの?」
「架空の人物を殺すことで、殺人犯になってみたかったんだよ。殺人犯になって推理でなっちゃんに追い詰められてみたかった。やっぱりいいね。ぞくぞくしちゃった」
 悪びれた様子もなく動機を語った由乃は、笑顔になって舌をかわいく出した。聞き捨てならない発言だ。
「マゾなの?」
「それも知りたかった」
「わかった?」
「うん。なっちゃんがSなら私はMがいいな」
「……嬉しくない」
 今回の旅は、思わぬ本音合戦になった。

 

 名探偵コナツ 第9話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑨
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (A)一人二役
  (4)犯人と被害者と同一人
   【ハ】犯人が一人二役を勤め、架空の方を抹殺して、自分がその殺人犯人だと見せかけるトリック。

 

 

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