鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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名探偵コナツ 第10話   江戸川乱歩類別トリック集成⑩

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 日曜日、昼下がりの喫茶店、食後のコーヒーを飲んでいると、スマホに知らない番号から着信があって私は電話に出た。
 相手は知人から私が探偵であることを聞いた人間で、端的に言うと依頼人だった。
 依頼内容は、小学校低学年ぐらいの女の子に腕を噛まれたのでその子を捕まえてほしいというものだった。
 さらに詳しく被害者から事件の状況を聞いた後、LINE交換し怪我の画像を送ってもらってから、犯人の心当たりに向かった。
 商店街を通り過ぎた先にある住宅地、一件の家の前で足を止めると、チャイムを鳴らした。
 以前とある事件で面識のあった東山美耶子が玄関に出た。現時点ではトレードマークであるサングラスもマスクもしていなかった。
 挨拶もそこそこに私は本題に入った。
「今日の午前中、女の子に通りすがりの子どもが噛まれるという事件があったの。母親らしき女はサングラスにマスクをしていて、その母親は女の子のことを博弓と呼んだ。身に覚えはある?」
「今日、私も博弓も家から一歩も出てないわ」
 小一の娘・博弓が疑われることに慣れっこなのか、美耶子は落ち着いて答えた。
 もちろん本人の発言ではアリバイにはならない。
「もしあなたの証言が事実なら、あなたに嫌疑をかけたい第三者がいるってことになる。心当たりはある?」
「何人かはね」
「その中で小学校低学年の娘がいて、なおかつ一番可能性の高い親子を呼んで」
 二十分後、お上品そうな二十代後半の女と、前歯のない女の子がやってきた。
 今日の午前中に起きた事件についてその親子に語った後、私は単刀直入に聞いた。
「なんでやったの?」
 いきなり自分を犯人と決めつける私の発言に、さすがに女は絶句した。
 そんな緊迫感とは関係なく、博弓と女の子が取っ組み合いを始めた。美耶子も女も止めようとしない。
 女がまだ黙っていたので、私は子どもたちの方に顔を向けて聞いた。
「二人とも仲悪いの?」
 うん、と二人同時で元気に答えた。仲は悪いらしいが息は合っている。喧嘩友達なのだろう。
 私が女に向き直ると、女は私ではなく美耶子の方を向いて文句を並べ始めた。
「いつもあなたが博弓ちゃんを放置してるから、こんなふうに被害者が出るのよ。通りすがりの子どもに噛みついた? あー嫌だ。まるで野良猫ね。周りに悪影響しかない。うちの娘も博弓ちゃんの奇行を真似するし、困ってるのよ」
「恥ずかしい思いもした?」
 私は割って入って聞いた。
「そりゃ、もう!」
 私を味方に引き入れようと勢いよく女は答えた。
「そうすると、サングラスで顔も隠したくなる?」
 私は女に手元のサングラスを見せた。
 思わず女は自分のバッグと私の手元にあるサングラスを交互に見た。それもそのはず、そのサングラスは女のものだ。
 女の隙を見て、先ほどバッグの中から拝借したのだ。探偵にはこういったマジシャンじみた技術があっても無駄にはならない。
「今日も娘は博弓の真似をして通りすがりの人間に噛みついた。恥ずかしかったあなたはとっさにサングラスをすると、博弓に罪をかぶせるため自分の娘に『博弓』と呼びかけた」「……誤解よ」
 私はスマホを取り出すと、画面を見せた。
「これ、被害者の腕の画像。ちゃんと歯形が写ってる。上の前歯が二本ともない子が噛んだら、こんな歯形が付くでしょうね」
 しんとなる。
 その静けさに注意を引かれたのか取っ組み合いの手を止めた女の子がこちらを見た。バカみたいにぽっかり開いた口には、前歯が二本ともなかった。
 女の子の隙を突いて博弓はその腕に噛みついた。その歯形は、やはりスマホの画像のものとは一致しなかった。

 

 名探偵コナツ 第10話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑩
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (A)一人二役
  (5)犯人が嫌疑をかけたい第三者に化ける

 

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