鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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名探偵コナツ 第11話   江戸川乱歩類別トリック集成⑪

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 地元の球場でうちの野球部が試合をやっていた。
 奇跡のエース・野間勇次が投げる一球一球に歓声が上がった。
 終わってみれば完封。味方は一点入れたのみだったが勝利した。
なっちゃん。うちのエース、すごかったね。このまま甲子園まで行っちゃうんじゃないかな?」
 何事にも影響を受けやすい佐藤由乃は興奮した口調だ。坊主頭の上からロングヘアのウィッグをかぶっている。ちょっとずれていたので直してあげた。
「まだ二試合目よ。しかも味方が入れたのは一点のみ。勝ち進んでいくのは厳しいと思う」 野間勇次が奇跡のエースと呼ばれているのは、何もその実力のせいではなかった。
 二年の春、野間勇次は合宿所の近くにある滝壺に落ちた。複数の部員が目撃していて、死体は発見されなかったものの死亡扱いとなった。
 その野間が発見されたのが死亡扱いとなった九ヶ月後、今から三ヶ月前だった。記憶喪失になっていたが、家族と再会しその一ヶ月後には完全に記憶が戻ると、二ヶ月後には復学し野球部の活動も再開、そして前回の試合は今回と同じように完封。
 それが奇跡のエースと呼ばれる所以だ。
「でも、すごいよね。死んだと思われてたのが生きてて、それですぐに活躍しちゃうんだもん」
「そうね」
「一時期は、うちの野球部は呪われてるなんて噂があったのに。そんなの吹き飛んじゃうね」
 もちろん野間一人が滝壺に落ちたくらいでそんな噂は流れない。
 野間が死亡扱いとなった三週間後、その当時のエースピッチャーだった小野田猛がやはり滝壺から落ちて死亡したのだ。目撃者はなかったものの、そちらはすぐに死体が見つかった。
なっちゃん。何その難しい顔は?」
 由乃は私の顔真似なのか、変顔をして見せた。
「スポーツってさ、三日練習を休んだらパフォーマンスが落ちるって言われてる。野間は部活に復帰してから一ヶ月で完璧なピッチングをして見せた。練習していたとしか考えられない。それっておかしいよね」
「才能じゃないの? それか体が野球の練習を覚えていて、記憶喪失中も練習してたとか」 記憶喪失の間、野間を保護していたという隣県にある施設を訪ねた。そこで野間は竹村隆という名で九ヶ月間を過ごしていたのだ。
 施設長に話を聞いた。
「野球の練習? 見たことがないね」
「そう、どうやって彼は記憶を取り戻したの?」
「あるとき、テレビで野球の試合をやっていて、自分もやっていた記憶があるって。年格好から高校生だっていうのはわかってたしネットで調べたら滝壺に落ちた野球部員がヒットしたからそれじゃないかってことになって」
「施設で預かる前に、そういった検索はかけなかったの?」
「そもそも死亡扱いになってから保護したから、行方不明扱いになってなかったしね。野球をやっていた記憶があるってことで野間君がそのときは熱心に検索をかけたんだよ」
 施設長との会話を切り上げると、施設の子どもたちに話を聞いて回った。同行していた由乃は腕白坊主にウィッグを引っ張られて坊主頭をさらすことになり、それを見た子どもたちが驚き呆然となっていた。
 子どもの一人から森の中でピッチングの練習をしている野間の姿を見たという証言を得た。その子どもが声をかけたら、野間は動揺していたという。
「練習してるの隠したかったってこと?」
 由乃がつぶやいた。
「もし、エースの小野田が亡くなったら誰が一番疑われる? それはその当時二番手ピッチャーだった野間よ。二人は熾烈なエース争いを繰り返していたそうだからね」
「確かに」
「だから野間はまず自分を殺してから架空の人物になりすまし、小野田を殺した。そうすれば野間は疑われない。計算通り、小野田の悲劇ではなく、野球部の悲劇ということになった。すぐに出ていったら殺しを疑われると思って九ヶ月間待った。なかなか執念深い男よ。マウンドを誰にも譲りたくない。エースにふさわしい。だけど――」
「だけど?」
「もう二度とマウンドに立つことはないんでしょうね」

 

 名探偵コナツ 第11話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑪
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (A)一人二役
  (6)犯人が架空の人物に化けて犯行し、嫌疑を免れる
   【イ】二重生活をして本人の方を抹殺し、架空の人物として残り犯行する。そうすれば動機が不明になるのである。