鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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名探偵コナツ 第12話   江戸川乱歩類別トリック集成⑫

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「危ないですよ、そこ」
 小野田大樹が佐藤由乃の先回りをし、道に転がっている空き缶を拾った。
「ありがとう、小野田君」
 由乃は笑顔で礼を言った。
 私と由乃、クラスメイトの小野田の三人は一緒に下校しているところだった。
「あ、危ないです。視線はまっすぐでお願いします。決してコンビニの方を見ないようにしてください」
 小声で小野田は言った。
 由乃はわけのわからない顔だが、私には察しがついた。
「あそこのコンビニ前にヤンキーがたむろしているので」
 やっぱり。
 もちろんヤンキーの耳に入らない程度の小声だ。
 小野田は一週間ほど前から由乃に急接近を始めた。わざわざ説明するまでもないと思うが、由乃のことが好きなようだ。
 そのことを由乃本人も気づいているはずだが、その好意に甘えるでもなく、かといって邪険にするでもなく、適切な距離感で付き合っていた。生来のお嬢様気質というか、従者的な立場の人間に対する扱いが手慣れていた。
 公園の前を通りかかる。
「まっすぐです。決して公園の方を見ないでください」
 小野田は私には無関心なので、私は忠告に従わず公園の方を見た。
 テントがあり、その入口正面に木の棒が立っていて、フード付きの黒いコートが掛かっていた。
 公園前の道路を通り過ぎてから小野田は言った。
「コートが掛かってました。テントの中にいたみたいですね。一ヶ月ぐらい前から住み着いたホームレスなんですけど、出歩くときは必ず黒いコートを着ているそうです。何をするかわからないので気をつけてください」
「でも、ここが近道なんだよね」
 なんとはなしに由乃は言った。
 確かにこの界隈を歩き回る黒いコートの男の話は聞いていた。しかし、悪さしたという話はなかった。
 小野田は神経質で慎重な性格だから、ホームレスというだけで危険視しているのだろう。由乃のナイトを気取りたくて、大げさに捉えているのかもしれない。茶化して言うなら、お姫様を守る従者ごっこを盛り上げるアイテムというわけだ。
 翌日の教室、由乃から驚きの報告を受けた。
 今朝、通学時に黒いコートの男に抱きつかれたのだという。
「顔は見た?」
「フードをかぶってたし、眼鏡にマスクだったからわからなかった」
「捕まえた?」
なっちゃんじゃないんだから。でも追いかけたよ」
 さすが好奇心の塊。行動力なら私に負けていない。
「だけどね、川でドボンって音がして、見たら黒いコートが流れてた。飛び込んで逃げたのか溺れちゃったのかはわからない。一応、警察には通報したけどね」
「他に人物を特定できるような情報は何かある?」
「たぶん男の人。なんか後ろから抱きしめられたんだけどごつごつして堅い感じがした。なっちゃん、ちょっとやってみて」
 私は躊躇泣く由乃に抱きついた。男子の好奇の目を感じた。
「うん、やっぱもっと堅かったかな」
 そこに小野田がやってきた。
「な、なにやってんですか、二人とも。しかも教室で!」
 顔を真っ赤にして小野田が言った。
「いや、男と女の違いを確認してたんだよ」
 悪びれず由乃が言った。
「あ、そうだ。ちょっと小野田君もやってみて」
「え?」
 小野田は固まった。
 他のクラスメイトもざわついた。
 高校の教室で男が女に抱きつくとはそういうことだ。
「……いいんですか?」
「犯人逮捕のためだから」
 由乃はこういうとき剛胆だ。
 クラスメイトの目もあることだし、ということで私は二人を人目のない廊下に連れ出した。
「じゃ、じゃあ」
 鼻息を荒くした小野田がゆっくりと由乃に近づき、抱きついた瞬間、
「犯人はあなたよ!」
 と私は鋭く言った。
「え、なんで?」
 小野田が由乃に抱きついたまま、私の方を見た。
由乃はね、目隠しをされていても一度自分に触れた人間を判別できるの。ね、由乃。黒いコートの男と同じ感覚でしょ?」
「……うん」
 由乃の言葉に小野田が固まった。
「そんな、こんなことで――」
「小野田君。由乃が嘘を言っているっていうの?」
「それは――」
 惚れた弱味で小野田は由乃を嘘つき呼ばわりできない。否定できずにいる相手に手加減せず、私は追い討ちをかけた。
「おかしいと思ったのよ。一ヶ月前にホームレスが公園に住み着いたっていうのはいいとして、そのホームレスが出歩くときは必ず黒いコートを着ているってどこ情報よって不思議に思った。しかも、その黒いコートの男は由乃を抱きしめると川に身を投げて姿を消した。まるで由乃に抱きつくのが目的だったみたいな存在の仕方よね。最後に、さっきの由乃の証言が決め手になった」
 観念したのか、小野田は由乃に抱きついた状態で泣き始めた。
「小野田君、もう離れてもらってもいいかな?」
 由乃が少し迷惑そうな顔で言うと、小野田は素直に離れた。僕は僕は、とうわずった声で話し始めた。
「僕はずっと由乃さんのことが好きでした。入学してからずっと」
 ずっと、といってもまだ一ヶ月ぐらいだ。
「すごく眩しい存在で、一生手を触れることすらできない存在だと思って、でも諦められなかった。抱きしめる、ただそのためだけに今回の作戦を計画したんです」
 由乃に惚れてから数日で計画を思いついたことになる。なんという自己評価の低さと用意の周到さだろう。
「その割にはここ一週間、由乃に対して積極的だったじゃない。そのままデートに誘うなり何なりすればよかったんじゃない?」
「そうなんです。やっぱり勝手に抱きつくなんてよくない。僕もそう思ったんです。なけなしの勇気を振り絞って積極的に振る舞ったんですが、この一週間どうしても僕と由乃さんが恋人同士になってデートするってイメージが湧かなくて、なぜか主人と従者みたいになってしまって、それでやはり計画を実行するしかないと思って」
「少しわかるかな」
 確かにどう転んでも由乃と小野田が恋人同士になる想像が私にもできなかった。それは小野田だけの問題ではなく、由乃の問題でもあるのだろう。
「学生とホームレスの二重生活をして、目的を達成した暁にはホームレスの存在を抹消して犯人失踪ということにすれば学生である僕が犯人として浮上することはない。うまくいったと思ったのに……。まさか由乃さんに触れた人が誰だかわかる能力があるなんて」
「あ、それ嘘だから」
 私は正直に言った。
「え?」
「引っかけたの」
 小野田は私を見てから由乃を見た。
「アドリブだよ。とっさになっちゃんに合わせたんだ。もし私に能力があるとしたら、それは名探偵の助手としての能力だね」
「そんな――」
 小野田はへなへなとその場にへたり込み、うつむいた。
「それにしても小野田君、そんなに私のこと好きかー」
 由乃は満更でもなさそうだ。
 そこに小野田は一縷の望みを見たように顔を上げた。
「警察に通報するよ。痴漢は再犯率が高いから」
「そうだね」
 私の提案に、由乃は笑顔で応じた。

 

 名探偵コナツ 第12話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑫
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (A)一人二役
  (6)犯人が架空の人物に化けて犯行し、嫌疑を免れる
   【ロ】二重生活をして、架空の方で犯行した上、その架空の方を抹殺する。

 

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