「恐いんですよ」
小野田大輝は言った。痴漢で警察に捕まったが、無事復学して、また由乃に付きまとっている同級生だ。
わけあって現在実家で一人暮らししているのだが、誰かに家の中を覗かれているようで不安なのだという。
「それで名探偵である江戸川さんに解決してもらおうと思って」
私は由乃を伴って小野田家を訪問した。
まず小野田は私と由乃を一階の居間に通した。
「お茶入れてきますね」
ソファに座って由乃とたわいない話をしていると、外で物音がした。窓の外を見ると、覆面レスラーがしているようなマスクをつけた人物がじっとこちらを覗っていた。
私は立ち上がり、窓ガラスに向かった。
マスクをした人物が消える。
私は窓を開けて、庭の左右を見た。人影はどちらにも見当たらなかった。
それからしばらくして小野田が盆に、グラスを三つ、シロップとミルクのプラスチック容器を載せて現れた。
「遅かったじゃない」
「先にトイレに行ってからコーヒーを入れたんで。あ、紙パックの奴ですよ」
私は水滴のついたグラスを掴み、アイスコーヒーを飲んだ。
「今さっき、不審者が中を覗いてたよ」
由乃が親切にも小野田に伝えた。
「やっぱりいるんですね。気持ち悪いから二階の僕の部屋に行きましょう」
私たちは二階に移動した。
テーブルはあるがソファはなく、座布団に私たちは座った。
私たちは世間話に興じた。そうしているうちに、ほぼ私には事態が飲み込めてきた。何の目的でここにやってきたのか考えた上で、それを今やっていることと突き合わせればれば自明だった。
それぞれのグラスが空になったため、小野田は盆を持って一階に下りていった。
それからしばらくして何かの軋む音が外から聞こえたので窓に目をやると、庭の木の枝からロープがぶら下がっているのが目に入った。
ロープの先は輪になっていて人が首を吊っていた。髪が長くその顔立ちも表情も性別もわからなかったが、人が首を吊っていた。
私と由乃は慌てて一階に下りると、今から庭に出た。
だが、ロープはあるものの人の姿はなかった。
「どうしたんですか?」
突っかけを履いて庭に出てきた小野田が聞いた。
「そこの木で人が首を吊ってたんだよ」
「え?」
由乃が言うと、小野田は驚いた表情になった。
「じゃあ、あの覆面をした怪しい人物が、誰かを木に吊したってことですか?」
「こんなふうにも考えられる」
「どんなふうに?」
私の言葉に、由乃が応じた。
「マスクの人物と首を吊った人物は同一人物だった」
「なるほどね……。でも動機は?」
「愉快犯だった。私たちの反応を楽しむのが目的」
「一人二役ってわけだね」
「一人三役と考えることもできる」
「どういうこと?」
「マスクの人物と首を吊った人物と小野田君は同一人物だった」
由乃ではなく、小野田を見て私は言った。
「おもしろい推理ですけど、あくまで推測ですよね」
「アイスコーヒー持ってくるのが遅れた理由として、トイレに行った後にアイスコーヒーを入れていたからと言った。でも、その割にはグラスの周りについた水滴の量が多すぎた。あれは、アイスコーヒーをグラスに入れた後何かをしていて時間が経ったからよ」
「あ、順番が逆でした。グラスにアイスコーヒーを入れた後、トイレに行ったんだった」「この家を覗いている人物をどうにかするのが目的だったはずなのに、その人物が出たからといって私たちを二階に誘導したのは矛盾してる」
「それはいざとなったら、二人を危険な目に遭わせるわけには行かないと思って……」
「それに髪の長い人物に化けるときに使ったウィッグの抜け毛がついてる」
私は小野田の首もとに手を伸ばし、長い髪の毛を取って見せた。
「あ」
小野田は観念した。
「そうですよ、僕がやりました。でも迂闊だったな。ウィッグがついてるなんて」
「嘘よ。由乃のウィッグの毛よ」
私が言うと、へへ、と由乃は笑った。先ほど了解を得て一本もらっていたのだ。
「動機は由乃と少しでも一緒にいたかったからでしょ。どうせ」
「違います」
「今更誤魔化さなくてもいいよ」
「江戸川さんと一緒にいたかったからです」
小野田は割かし大きな声で言った。
「なっちゃん顔赤いよ」
隣で由乃が言った。
「なんで私?」
とりあえず聞いてみた。
「前回のことで由乃さんのことは諦めがついたんです。同時に、江戸川さんの魅力にも触れることができて、それで――」
「由乃は無理そうだから私に乗り換えたってことね」
「――そうじゃなくて」
「私の方がチョロそうだと思ったのね」
「だから――」
「そうなのね?」
「――はい」
あちゃー、と由乃が言った。
名探偵コナツ 第15話
江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑮
【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
(A)一人二役
(8)一人三役、三人一役、二人四役
参加中です↓