鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第19話   江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑲

 

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 友人の父親が階段から足を滑らせて転落、首の骨を折って死亡しました。
 買い物から帰ってきた友人が発見したときには父親はもう息をしていなかったそうです。 そこで少し不思議に思うことがありました。
 その友人の家を訪ねたことは何度かありますが、二階には二部屋あって、それぞれ友人とその弟が自室としていたんです。
 つまり、父親が二階に行くのはおかしいとは言わないまでも、少し不自然なんです。
 その事故があったとき、友人は買い物に出かけていました。だから友人と話をするために二階に行くことはあり得ません。
 そして弟は引きこもりで部屋に人が近寄ることを嫌っていました。
 では友人の部屋に何か用があって行ったのか?
 それもやはりおかしいのです。
 引きこもりの弟は神経質で姉以外の人間が二階に上がってくることを極端に嫌がっていました。
 その上すごく物音に敏感だったそうで、足音が聞こえたらそっと部屋のドアを開け、そこから廊下を覗くのです。そして、やってきた人物が姉以外だった場合、改造エアガンを相手の顔目がけて撃つのです。
 もしかして父親はそのことを知りつつも、その日こそは息子と話し合うのだという決意の元、階段を昇っていったのかもしれません。
 そう考えるとあれは事故でなかったのではと思われるのです。
 息子にエアガンで撃たれ、驚いたのか、痛みによって生じた不注意によるものなのか、階段から足を滑らせたのではないか、と私は想像するのです。
 あくまで想像なのですが、その裏付けと言っていいのかどうか、友人は父の遺体を発見して念のため救急車を呼んだ後、弟の部屋を訪れました。そこには階段下より恐ろしい光景が広がっていました。弟はナイフで首を切り死んでいたのです。
 そのナイフは弟が所有していたもので、指紋も弟のものしかついていませんでした。
 もしかたしら父親を死に至らしめたショックから自殺を図ったのかもしれません。少なくとも警察はそう結論づけたようです。

 

 それはブログの記事であり、私のクラスメイト・三浦ハナが書いたものだった。ちなみに記事に出てくる友人とはやはりクラスメイトの秋月早苗だった。
 私は病院前の歩道に立っていて、ちょうど出てきた三浦ハナと顔を合わせた。あちらもすぐに私の存在に気づいたようでこちらにやってきた。
 挨拶もそこそこに私は本題に入った。
「ブログ記事読ませてもらった」
「そう? ありがとうって言えばいいのかな……」
 明らかに戸惑っていた。特に仲がいい間柄というわけではない。
「それでね、この文章おかしいと思ったの」
「どこが?」
「この事件があった日、三浦さん、秋月さんの家にいたって聞いてる。それなのに伝聞形式になっているのがおかしい」
「確かにいたよ。でも私は早苗の部屋にいて何も目撃してないの。早苗のお父さんが階段から落ちるところも見てないし、早苗の弟が自殺するところも見てない。あの家、割と防音がしっかりしてるから全然気づかなかった。一つ屋根の下にはいたけど、私は部外者だよ」
「私はこう考える。秋月さんは自殺じゃなく、あなたが殺した」
「なんでそんなひどいこと言うの?」
「なぜあの日、秋月さんの父親は階段を昇ったのか? それは娘が買い物に出ている間に、娘の友人に乱暴をしようとしたから。そして犯行を成就し一階に下りようとしたその背中をあなたは押した」
「…………」
「それを目撃していたであろう秋月さんの弟も部屋にあったナイフで殺した。買い物から帰ってきた秋月さんはあなたから事情を聞き、父親の名誉とあなたを守るためにあなたの犯行を秘密にすると約束した。だけど、いつその約束が無効になるかわからないと恐れたあなたは自殺に見せかけて秋月さんを殺した」
「証拠――」
 途中まで言って三浦は口をつぐんだ。
 ここは産婦人科の前だった。
 もしあの日、私の言ったとおりのことが起こったとしたら、秋月の父親のおぞましい行為の結果が出ている頃だった。

 

 名探偵コナツ 第19話 
 江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑲
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (B)一人二役の他の意外な犯人トリック
  (4)事件の記述者が犯人 

 名探偵コナツ 第18話   江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑱

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 敷地の中央に、頂上の高さが人の身長ほどあるある公園、通称・丘公園。そこで殺人事件が起こった。
「私、丘のところで人が倒れているのを見たんです」
 携帯を使って警察に通報した田之倉葉月はそう証言した。田之倉は二十代前半の美人で、ウォーキングの途中だった。
 死体はこの近所に住む女子大生。
 死因は銃殺。
 近隣住人も何人か銃声を聞いていた。
 死体の第一発見者ということで神津刑事は田之倉を犯人と疑っていた。硝煙反応が出ないのは何かトリックを使ったせいだと思っている。
 私がそのトリックを見破ると期待して、先ほどからちらちらとこちらを見てくるのがうっとうしい。
 新たに佐竹剛毅という証言者が現れた。公園近くのアパートの住人だ。田之倉葉月と警官のやりとりを見ていて助けに入らねばと思ったらしい。
「僕、見たんですよ。銃声がしたから窓から外を見たんです。そしたら丘のところに人が倒れていて、公園前の道路にそこの女の人がいました。そのときその人は銃を持っていませんでしたよ」
 佐竹は田之倉にウインクした。僕が来たから大丈夫ですよって表情をして、まるで王子様気取りだ。
 一方の田之倉は愛想笑いを浮かべるばかりで心ここにあらずといった様子だ。お姫様役を引き受ける精神的余裕はなさそうだ。
「あなたはそれをどこから見たの?」
 私は佐竹に聞いた。
「だからアパートの窓からだって」
「案内してもらっていい?」
「その制服……君、高校生ぐらいだよね。俺、大学生なんだけど」
 文句を言う佐竹を尻目に、私は神津刑事を見た。
「……そこに案内してもらおうか」
 神津刑事の一言で私たちは佐竹のアパートにやってきた。二階だ。
 窓から公園に目をやり、私は気づいた。
 田之倉も気づいたようだ。顔が青ざめていた。
 丘を挟んで田之倉のいた道路とこのアパートはちょうど正反対に位置する。
「もう一度言ってもらっていい? 佐竹さん、死体はどこにあったの?」
「だから丘のところだって」
「もっと詳しく。丘のどの場所?」
「あ? 頂上付近だよ」
「そうすると、田之倉さんの話と矛盾する。田之倉さんは丘の下、道路側に倒れている死体を発見した。もちろん警察もそこに死体があるのを確認した。今は死体のあった場所に白線が引かれている。一方で道路側と反対のこの部屋からは丘が邪魔になって角度的にその死体を見ることは不可能よ。道路にいた田之倉さんを目撃することは可能でも、死体は絶対に無理」
「それは――」
「この部屋の窓からあなたは丘の下に倒れている死体を見ることはできなかった。それなのに見たと言う。単純に嘘をついたか、あなたが見たとき被害者はあなたの証言通り丘の頂上に倒れていたか、そのどちらかが考えられる」
「そ、そう! 俺が見た後に動いたんだ。即死じゃなかったから移動したとか、体勢が不自然で丘の下に落ちたとか……」
 私は佐竹を無視して、田之倉を見た。
「田之倉さん、あなたが道路までやってきて公園内の死体を発見したとき、死体はどこにあったの?」
「……丘の下です」
 田之倉はますます顔を青くした。真相に気づいたようだ。
「だそうよ。つまり、田之倉さんが公園前にやってきたとき、すでに死体は丘の下にあった。つまり、田之倉さんと丘の上の死体を同時に目にすることはできない。でも、あなたは見たと言ってる。
 あなたがここから被害者を銃で撃ち殺したばかりの時は確かに丘の上に死体があったんでしょう。でもさっきあなたが言っていた理由、あるいは別の理由で死体は丘の下、あなたのこの部屋から見えない死角に転がり落ちてしまった。
 結論、あなたこそ死体の第一発見者であり、犯人よ」
 額に手をやり、天井を見上げるように顎を上げると、佐竹は哄笑した。突然の豹変ぶりに神津刑事がぎょっとした。
 笑いながら佐竹は叫んだ。
「犯人は大抵一番に死体を発見するだろうよ!」
「なんで犯行がばれるような真似をしたの?」
「無実の人間が捕まりそうなんだ。それは助けるだろ」
「善人みたいな発言ね。でも、なんでそんな善人なあなたが被害者を殺したりなんかしたの?」
「親切にしてやったのに俺を振ったからさ。ひどい女だ。恩を仇で返しやがった。あんたは違うよな?」
 佐竹は笑顔で田之倉をにらみつけた。ひぃ、と短く悲鳴を上げて田之倉は私の後ろに身を隠した。そもそもが佐竹のせいだというのに、自分が救ったと恩を売ろうとしている。やばい奴だ。
 神津刑事は佐竹の腕に手錠をはめた。
 それでも佐竹は田之倉から目を離さない。顔を背けない。心を離さない。
「なあ、俺と付き合おうぜ。今度デートしよう!」
 震える田之倉の肩にそっと手を置くと、私は前に出て佐竹の鳩尾に拳を入れた。派手に見えるような動きではなかったが、その場で佐竹は昏倒した。
「おい」
 神津刑事は非難の声を上げたが、責めるような表情ではなかった。

 

 名探偵コナツ 第18話 
 江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑱
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (B)一人二役の他の意外な犯人トリック
  (3)事件の発見者が犯人

 

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 名探偵コナツ 第17話   江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑰

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 由乃と連れ立って私は交番にやってきた。
「公園に痴漢が出たから捕まえて」
 痴漢の現場であると説明した公園に警官と三人でやってきた。
「犯人はどんな奴だったか覚えてますか?」
「それが全然覚えてないんです……」
 その若い警官の期待に由乃は応えることができない。心なしか怯えが見えた。由乃にしては珍しいことだ。
「すごく恐くて……。犯人が捕まらずにいるなんて不安です。私、よく痴漢に遭うんです。絶対捕まえてください」
「任せてください!」
 若い警官は張りきっていた。
 もっとがんばるように私はさらなる情報を警官に与えた。
「その子、頼りになる人が好きなの。いい人が彼氏になってくれれば友人として私も安心なんだよね」
 警官の鼻の穴が広がった。
 痴漢を捕まえるべく、私は公園のあちこちに目をやった。
 そこそこ広いが遊具はなく、敷地を縁取るように木々が生えていた。ボール遊びしている子どもや立ち話をしている主婦らしき人々の姿があった。
「あいつは?」
 警官は一人の男を指さして聞いた。
 私たちの返事も待たずに、警官はその男――小野田大樹を捕まえた。由乃に対して痴漢した前科のある少年だ。
 手錠のかかった状態の小野田を連れて、警官は意気揚々とこちらに戻ってきた。
「なんでその人を捕まえたの?」
「なんでって――」
 私はすべてを言わせず続ける。
「それはあなたが電車で由乃に痴漢行為を働いた本人だから。由乃が痴漢にあったのは本当。でもこの公園じゃなく、昨日の電車内だった」
「な――」
「意識してなのか無意識なのか、あなたは犯行時電車内で見かけた小野田君に罪を着せようと捕まえた。もし意識的な行動なら、電車内の痴漢も小野田君のせいにできて一石二鳥と考えたのかもしれない」
 電車内で私と由乃、小野田の三人は一緒だった。
 混んでいた都合上、小野田は離れた場所にいたので他人と思っていたのだろう。でも、警官は電車内で痴漢をする際、知人と出くわす危険を回避するため周囲の人物に目を配っていたから小野田が記憶に残っていた。
「もし僕が犯人だったら知らない振りをするさ。リスクが高すぎる」
 困ったような顔をして警官は言い訳した。
「普通ならそうする。でもあなたはしなかった。なぜならもし犯人を捕まえてかっこいいところを由乃に見せることができたら、自分に好意を持ってもらえる。あわよくば付き合えると思ってしまったから。そのお花畑な妄想が自らを破滅に向かわせた」
「……僕はそんなまぬけじゃない」
「まぬけよ。痴漢は欲望を制御できない。だから今回も制御できずに小野田君を捕まえた」 警官は口を閉じた。というより怒りのため歯を食いしばった。その怒りを私に向けていた。
 私に銃を向けた。
 本当にまぬけだ。
 痴漢は卑劣だが、素直に認めれば禁固刑はないし、警官をやめることになってしまっても社会復帰は容易だ。
 だが、人に銃を向けたとあっては軽い罪では済まない。
 距離一メートル。
 私は警官にその場で背を向けた。背中越しにも相手の動揺がわかった。私は右足を横に大きく出すと、それを起点に回転、私の体は銃の射線上から消えると同時に、右手で警官の右腕を掴んだ。左手で相手の右肩を押さえ、そのまま地面に引き倒した。
 銃を手から落とした警官は地面に顔をつけた状態で喚いた。
「な、なんであの交番に来た? 偶然か? 偶然なのか、畜生!」
「いざというとき助けを求められるようにこの近辺の警官の顔は大体覚えてるの」
 私は事件への遭遇率が非常に高い。そのため円滑な日常生活を送れるように、事件処理をいつでも人に振れるように警察関係者の顔を覚えていたのだ。
「嘘つけ! この嘘つき! 嘘つきは泥棒の始まりなんだぞ!」
 怒鳴る警官を制圧した状態で、私は携帯を取りだし、知人の刑事に電話した。

 

 名探偵コナツ 第17話 
 江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑰
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (B)一人二役の他の意外な犯人トリック
  (2)裁判官、警官、典獄が犯人

沈黙の鉄拳

 強いスティーブン・セガールが悪い奴をやっつけて勧善懲悪を成し遂げる。そういう話。単純だがおもしろい。家族を失った男が新しい家族を手に入れる話でもあるが、その新しい家族が○○というのがシュールであり、この作品の個性と言ってもいい。


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名探偵コナツ 第16話   江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑯

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「ない、ないよ!」
 鞄の中身をひっくり返しながら小野田大樹が叫んだ。
 その様子にクラスメイトが注目した。
 私と佐藤由乃もだ。
 そんな中、由乃がお節介にも近寄っていった。
「一体何がなくなったの?」
「それは……秘密です」
 由乃が聞くと、小野田が言いにくそうに答えた。
 私は二人のやりとりを黙って見ていた。
 しばらくしてから不思議そうに由乃が私の方を向いた。
「どうしたの?」
「なにが?」
「じっとしてるから。何か事件が起こったら真っ先に解決に動くのに珍しいと思って」
 おっとそうきたか、と私は思った。
 私は長く息を吐くと、答えた。
「もう解決したからね」
「うそっ? すごーいっ!」
 小野田も驚いて私を見た。どこか不安そうな表情だ。
「何をなくしたかまではわからないけど、鞄から見つからない理由はわかる。家に忘れてきたのよ」
「なんでそう断言できるの?」
「今は昼休み。そして、午前中に体育も移動教室もなかった。となると、誰かが盗んだって線は消える。それに家から出るときバッグのファスナーは閉めてるよね?」
 私が聞くと、小野田は頷いた。
「だったら家に忘れてきたって考えるのが自然よ」
「さすがなっちゃん! よっ、名探偵っ!」
 由乃は喜んだが、すぐに難しそうな顔になった。
「でももうひとつの可能性があると思うんだよね」
「もうひとつ?」
「移動教室はなくても小野田君、トイレに行ったよね?」
 由乃が聞くと、小野田は頷いた。
「その間に盗むことは不可能じゃないと思うんだよね。小野田君の席ってこの通り、教室の最後尾で窓際の席だから。ここから教室全体の様子をうかがって、誰もこちらを見ていないときにこっそり盗むっていうのも不可能じゃないと思うの」
 見事な推理だ。
 ほとんど完璧と言っていい。
 だからこそ迷惑だった。
「なにがなくなったの?」
「それは――」
 由乃の質問に小野田は言い淀んだ。
「――帰ったら家の中を探してみます」
 と言っただけで由乃の追求を避けるように、たぶん何の用もないだろうに教室を出ていった。
 えー、と由乃は不服顔だ。
なっちゃん、気にならない?」
「気にならない」
 なぜなら私は盗まれたものを知っていたからだ。
 犯人も知っていた。
 放課後になり家に帰った私は、封筒を取り出すと机の上に置いた。恐らくラブレター。これが小野田の盗まれたものであり、犯人は私だった。
 持ち前の推理力で前日から小野田が私にラブレターを渡すつもりであることは察知していた。
 そんなもの受け取りたくなかったので盗んだというわけだ。
 中身は一応確認しておくべきだろう。封を開けると、折り畳まれていた紙を開き、そこに書かれている文面に目を通した。
 盗んでよかった。
 もしこれを公式に受け取っていたら私は自分の名誉を守るため小野田を殺すしかなかっただろう。殺す、というのは大げさでも暴力に訴えるべきだった。

『突然のお手紙失礼します。僕はあなたのことが好きです。本当は佐藤由乃さんが大好きなのですが、僕には高嶺の花だと気づきました。だから僕にはもう小夏さんしか選択肢がありません。小夏さんで手を打ちます。もう少し愛想がよければとかもう少し胸があればとか要望はありますが我慢します。僕と付き合ってください。真剣です。小野田大樹』

 

 名探偵コナツ 第16話 
 江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑯
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (B)一人二役の他の意外な犯人トリック
  (1)探偵が犯人

 

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名探偵コナツ 第15話    江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑮

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「恐いんですよ」
 小野田大輝は言った。痴漢で警察に捕まったが、無事復学して、また由乃に付きまとっている同級生だ。
 わけあって現在実家で一人暮らししているのだが、誰かに家の中を覗かれているようで不安なのだという。
「それで名探偵である江戸川さんに解決してもらおうと思って」
 私は由乃を伴って小野田家を訪問した。
 まず小野田は私と由乃を一階の居間に通した。
「お茶入れてきますね」
 ソファに座って由乃とたわいない話をしていると、外で物音がした。窓の外を見ると、覆面レスラーがしているようなマスクをつけた人物がじっとこちらを覗っていた。
 私は立ち上がり、窓ガラスに向かった。
 マスクをした人物が消える。
 私は窓を開けて、庭の左右を見た。人影はどちらにも見当たらなかった。
 それからしばらくして小野田が盆に、グラスを三つ、シロップとミルクのプラスチック容器を載せて現れた。
「遅かったじゃない」
「先にトイレに行ってからコーヒーを入れたんで。あ、紙パックの奴ですよ」
 私は水滴のついたグラスを掴み、アイスコーヒーを飲んだ。
「今さっき、不審者が中を覗いてたよ」
 由乃が親切にも小野田に伝えた。
「やっぱりいるんですね。気持ち悪いから二階の僕の部屋に行きましょう」
 私たちは二階に移動した。
 テーブルはあるがソファはなく、座布団に私たちは座った。
 私たちは世間話に興じた。そうしているうちに、ほぼ私には事態が飲み込めてきた。何の目的でここにやってきたのか考えた上で、それを今やっていることと突き合わせればれば自明だった。
 それぞれのグラスが空になったため、小野田は盆を持って一階に下りていった。
 それからしばらくして何かの軋む音が外から聞こえたので窓に目をやると、庭の木の枝からロープがぶら下がっているのが目に入った。
 ロープの先は輪になっていて人が首を吊っていた。髪が長くその顔立ちも表情も性別もわからなかったが、人が首を吊っていた。
 私と由乃は慌てて一階に下りると、今から庭に出た。
 だが、ロープはあるものの人の姿はなかった。
「どうしたんですか?」
 突っかけを履いて庭に出てきた小野田が聞いた。
「そこの木で人が首を吊ってたんだよ」
「え?」
 由乃が言うと、小野田は驚いた表情になった。
「じゃあ、あの覆面をした怪しい人物が、誰かを木に吊したってことですか?」
「こんなふうにも考えられる」
「どんなふうに?」
 私の言葉に、由乃が応じた。
「マスクの人物と首を吊った人物は同一人物だった」
「なるほどね……。でも動機は?」
「愉快犯だった。私たちの反応を楽しむのが目的」
一人二役ってわけだね」
「一人三役と考えることもできる」
「どういうこと?」
「マスクの人物と首を吊った人物と小野田君は同一人物だった」
 由乃ではなく、小野田を見て私は言った。
「おもしろい推理ですけど、あくまで推測ですよね」
「アイスコーヒー持ってくるのが遅れた理由として、トイレに行った後にアイスコーヒーを入れていたからと言った。でも、その割にはグラスの周りについた水滴の量が多すぎた。あれは、アイスコーヒーをグラスに入れた後何かをしていて時間が経ったからよ」
「あ、順番が逆でした。グラスにアイスコーヒーを入れた後、トイレに行ったんだった」「この家を覗いている人物をどうにかするのが目的だったはずなのに、その人物が出たからといって私たちを二階に誘導したのは矛盾してる」
「それはいざとなったら、二人を危険な目に遭わせるわけには行かないと思って……」
「それに髪の長い人物に化けるときに使ったウィッグの抜け毛がついてる」
 私は小野田の首もとに手を伸ばし、長い髪の毛を取って見せた。
「あ」
 小野田は観念した。
「そうですよ、僕がやりました。でも迂闊だったな。ウィッグがついてるなんて」
「嘘よ。由乃のウィッグの毛よ」
 私が言うと、へへ、と由乃は笑った。先ほど了解を得て一本もらっていたのだ。
「動機は由乃と少しでも一緒にいたかったからでしょ。どうせ」
「違います」
「今更誤魔化さなくてもいいよ」
「江戸川さんと一緒にいたかったからです」
 小野田は割かし大きな声で言った。
なっちゃん顔赤いよ」
 隣で由乃が言った。
「なんで私?」
 とりあえず聞いてみた。
「前回のことで由乃さんのことは諦めがついたんです。同時に、江戸川さんの魅力にも触れることができて、それで――」
由乃は無理そうだから私に乗り換えたってことね」
「――そうじゃなくて」
「私の方がチョロそうだと思ったのね」
「だから――」
「そうなのね?」
「――はい」
 あちゃー、と由乃が言った。

 

名探偵コナツ 第15話 
江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑮
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (A)一人二役
  (8)一人三役、三人一役、二人四役

 

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名探偵コナツ 第14話   江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑭

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 由乃に誘われて私は遊園地にやってきたのだが、なぜかばったり神津刑事と出くわした。

「本物の刑事さんなんですか? わーかっこいー」
 由乃は大はしゃぎだ。
 神津刑事は私たちを園内のカフェに誘い、先ほど園内で起こった殺人事件について話し始めた。
 内容はこうだ。
 園内のお城の中で死体が発見された。人の出入りやらなんやかやで、警察は被害者の死亡推定時刻を午後十二時の前後五分に絞った。
 被害者は遊園地関係者で、ご丁寧にも今朝スタッフの一人ともめていた。そのスタッフを容疑者候補として現在警察は任意同行を求めているが、相手は渋っているそうだ。
「さっさと捕まえればいいじゃない」
 私は言った。
 いいじゃんいいじゃん、と遊園地にきたせいか本物の刑事を見たせいか、テンションが上がっている由乃は合いの手を入れた。とても被害者の遺族には見せられない光景だ。
「アリバイがあるんだ」
 神津刑事はそう言うと、スマホを取り出して画像を見せた。
 熊の着ぐるみ――この遊園地のマスコットキャラと二人の子どもが映っていた。背後のアナログ時計は十二時を示していた。辺りは明るいから午後十二時で間違いない。そして、この場所には見覚えがあった。そこからお城までは走っても十分はかかるだろう。確かに犯行は無理そうだ。
「この二人のどっち? 小さい方でしょ?」
「まだ子どもじゃないか!」
 私の当て推量に、神津刑事が慌てた。
「子ども二人は関係ない。容疑者は着ぐるみの方だよ」
「アリバイがあるって言ってたよね?」
「言った」
「共犯者に着ぐるみを着てもらったに決まってるよ! バカなのっ?」
 私は思わずい声を荒げてしまった。珍しいことだ。遊園地に来ているせいで少々テンションが上がっているのかもしれない。私もまだまだ子どもということだ。
「誰かが身代わりに着ぐるみに入っている間に、犯人が被害者を殺した。その後、また入れ替わった。これでアリバイは崩れるよ」
「だけど、それを証明する手段がないんだ」
「警察お得意の尋問でなんとかなるでしょ」
「今はそういうのに厳しい時代なんだよ!」
「わかった。この熊、右手を高く上げてるよね?」
「ああ……それが?」
「容疑者の右腕を折って、その腕でこの画像のように手を挙げることは不可能だ。よって別の人間が入っていた。お前にアリバイはない! ってやったら?」
「それじゃあ冤罪だ!」
「しょうがないなあ……」
 私は立ち上がると、絶叫系マシーンにやってきた。恐くておしっこを漏らす人が続出するため、シートがいつもおしっこ臭いと評判のアトラクションだ。すると、目当ての人物が順番待ちしているのが目に入った。
「あの子は――」
 神津刑事もその存在に気づいたようだ。画像を見たときに気づかなかったというのは観察力がなさ過ぎる。
 神津刑事は急遽、スタッフルームに容疑者と事件当時アリバイのない関係者全員を集めた。その数五人だ。
「この中に熊の中に入ってた人いる?」
「あの人」
 私が聞くと、その子は容疑者ではない人間を指さした。
 その瞬間、アリバイの崩れた容疑者は泣き崩れ、指を指された共犯者も壁に手をやりうなだれた。
 アリバイ証明の画像に映っていた子どもの年少の方、絶叫マシーンの列に並んでいたその子は、東山博弓だった。あの、奇行が目立つため母親が一緒にいるときは常にサングラスにマスクをして顔を隠しているという、あの博弓だ。
「でもなんであの娘が知ってるとわかったんだ?」
 今回もまた博弓に噛まれた腕をいたわるようにふーふー息をかけながら神津刑事は私に聞いた。
「博弓はひねくれてるからね。絶対にキャストの着替えを覗いていると思ったよ。ばれないようにずっと後をつけてたんだろうね。そうでない可能性もあったけど、その可能性を検証してみるのもありかなってね」
 説明を終えるとスタッフルームから飛び出し、私と由乃は走り出した。また事件が起こる前にひとつでも多くアトラクションを楽しむためだ。

 


 名探偵コナツ 第14話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑭
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (A)一人二役
  (7)替玉(二人一役と双生児トリック)他人を自分の替え玉にしてアリバイを作り嫌疑を免れる。

 

 

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