鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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名探偵コナツ 第13話   江戸川乱歩類別トリック集成⑬

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「バカだバカだと思っていたけど、殺されてしまうなんて本当にバカだよ、あいつは。バカでぶりっこで目が離せなくて……」
 テーブルを挟んで向かい側に座る男は、うつむき加減で嘆くように言った。
 そして、顔を上げた。
「……それにしてもなんで今更あの事件を調べてるんだ? 君、高校生だろ?」
「少し気になることがあったからね」
 男は大学生の自分に対して、高校生の私がため口を使うことに気分を害したような表情を浮かべた。
 どんな人間相手でも私は敬意を払うようにしていたが、敬語を使わないだけで軽んじられたと感じる人間が大多数であることも知っていた。
 敬語という器がないと日本語では敬意を表せないのか、それとも敬語という器でしか日本人は敬意の有無を判断できないのか、それについて考えるのは後回しにする。この件に関して私はいつも後回しにした挙げ句忘れてしまうのはどうかと思うが、直近の課題でないことは確かだ。
「容疑者の女がこのファミレスで美加を殺したと言っていたのをウェイトレスが聞いている。そのとき美加さんの恋人であるあなたは、その女と同席していた」
「あの日、突然その女に道ばたで声をかけられたんだ。大事な話があるって言ってな。それでファミレスに付き合ったら、美加を殺害したって話をされた」
「なんでそのときすぐ美加さんのスマホに連絡しなかったの?」
「気が動転して……信じられるか? 自分の彼女を殺したなんて言う人間が目の前にいるんだぞ」
「ええ、そんな人がいるなんてとても信じられない。本当にいたの?」
「……どういう意味だ?」
 男は私を鋭く睨み、低い声で言った。
 怯まない私に対して、男は弱々しく答えた。
「……いたよ。ウェイトレスもそう証言してくれる。俺も警察の似顔絵作りに協力した。まだ見つかってないがいたんだよ、その女は」
「その女の人、正確にはどんなふうに言ってた?」
「確か……美加は死んだ。私が殺した。ゲームオーバー。その台詞をたまたま注文を運んできた店員が聞いて、ぎょっとしてたのを覚えてるよ」
「私がウェイトレスから聞いたのとはちょっと違うな。確かこうだった。美加は死んだ。快楽を優先したばっかりに。もうゲームオーバーよ」
「……細部まで覚えてないよ。それで?」
「彼女が死んだ後わかったことなんだけど、大学の単位をひとつ落としてる。ちなみにその落とした講義の試験前一週間、友人と海外旅行に行っていたことがわかってる」
「あいつはバカなんだよ。そういうところがあった。忠告しても聞かないんだ。自業自得さ」
「それに最初の時あなたも言ったように、彼女はぶりっこだった」
「だからバカだったんだよ」
「ぶりっこの代表的な言葉遣いといえば、自分のことを自分の名前で呼ぶ。つまり、一人称が自分の名前。当然、美加さんの場合は、自分のことを美加って呼ぶことになる」
「…………」
「その女は、美加さん本人だった。美加は死んだ、というのは試験に落ちたという意味だった。快楽の優先は海外旅行のことだった。ゲームオーバーは単位を落としたってことだた」
「……考えすぎだ。現に死んでる。警察は自殺じゃないと言ってた」
「もちろん殺人は確かにあった。ウェイトレスが美加さんの台詞を聞いてぎょっとしたのに気づいたあなたは、美加さんを殺した。そして、その罪を架空の女へなすりつけた」
「……証拠は? 店員は彼女を見ていない。ちょうど通路を背にしてたからな。もちろん俺の目の前にはいたのは初対面の女だった」
「彼女か彼女の友人のスマホに、彼女の動画が残ってるはずよ。もちろんそれには音声も入ってる。証言したウェイトレスにその彼女の声を聞かせれば、同一人物かどうかすぐにわかる。ぶりっこの人は喋るとき特有のリズムがあるからきっと間違えない」
 体を震わせうつむいた男は、おもむろに拳をテーブルに叩きつけた。ちょうど通りかかった店員がぎょっとして足を止めた。
「……あいつはバカなんだよ……俺がいくら別れてくれって言っても聞いてくれなくて、ああするしかなかったんだ。自業自得だ」
 私はこぼれて半分ぐらいの量になったコーヒーに口を付けた。
「美加さんより自分の方が何倍もバカだった。あなたはこれからそのことを嫌と言うほど思い知らされることになる。それこそ自業自得でね」

 

 名探偵コナツ 第13話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑬
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (A)一人二役
  (6)犯人が架空の人物に化けて犯行し、嫌疑を免れる
   【ハ】被害者の方が偶然一人二役を演じた機会を利用して、その一方が他方を殺して行方不明になったと見せかけ、実は犯人が殺しているという手の込んだトリック。

名探偵コナツ 第12話   江戸川乱歩類別トリック集成⑫

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「危ないですよ、そこ」
 小野田大樹が佐藤由乃の先回りをし、道に転がっている空き缶を拾った。
「ありがとう、小野田君」
 由乃は笑顔で礼を言った。
 私と由乃、クラスメイトの小野田の三人は一緒に下校しているところだった。
「あ、危ないです。視線はまっすぐでお願いします。決してコンビニの方を見ないようにしてください」
 小声で小野田は言った。
 由乃はわけのわからない顔だが、私には察しがついた。
「あそこのコンビニ前にヤンキーがたむろしているので」
 やっぱり。
 もちろんヤンキーの耳に入らない程度の小声だ。
 小野田は一週間ほど前から由乃に急接近を始めた。わざわざ説明するまでもないと思うが、由乃のことが好きなようだ。
 そのことを由乃本人も気づいているはずだが、その好意に甘えるでもなく、かといって邪険にするでもなく、適切な距離感で付き合っていた。生来のお嬢様気質というか、従者的な立場の人間に対する扱いが手慣れていた。
 公園の前を通りかかる。
「まっすぐです。決して公園の方を見ないでください」
 小野田は私には無関心なので、私は忠告に従わず公園の方を見た。
 テントがあり、その入口正面に木の棒が立っていて、フード付きの黒いコートが掛かっていた。
 公園前の道路を通り過ぎてから小野田は言った。
「コートが掛かってました。テントの中にいたみたいですね。一ヶ月ぐらい前から住み着いたホームレスなんですけど、出歩くときは必ず黒いコートを着ているそうです。何をするかわからないので気をつけてください」
「でも、ここが近道なんだよね」
 なんとはなしに由乃は言った。
 確かにこの界隈を歩き回る黒いコートの男の話は聞いていた。しかし、悪さしたという話はなかった。
 小野田は神経質で慎重な性格だから、ホームレスというだけで危険視しているのだろう。由乃のナイトを気取りたくて、大げさに捉えているのかもしれない。茶化して言うなら、お姫様を守る従者ごっこを盛り上げるアイテムというわけだ。
 翌日の教室、由乃から驚きの報告を受けた。
 今朝、通学時に黒いコートの男に抱きつかれたのだという。
「顔は見た?」
「フードをかぶってたし、眼鏡にマスクだったからわからなかった」
「捕まえた?」
なっちゃんじゃないんだから。でも追いかけたよ」
 さすが好奇心の塊。行動力なら私に負けていない。
「だけどね、川でドボンって音がして、見たら黒いコートが流れてた。飛び込んで逃げたのか溺れちゃったのかはわからない。一応、警察には通報したけどね」
「他に人物を特定できるような情報は何かある?」
「たぶん男の人。なんか後ろから抱きしめられたんだけどごつごつして堅い感じがした。なっちゃん、ちょっとやってみて」
 私は躊躇泣く由乃に抱きついた。男子の好奇の目を感じた。
「うん、やっぱもっと堅かったかな」
 そこに小野田がやってきた。
「な、なにやってんですか、二人とも。しかも教室で!」
 顔を真っ赤にして小野田が言った。
「いや、男と女の違いを確認してたんだよ」
 悪びれず由乃が言った。
「あ、そうだ。ちょっと小野田君もやってみて」
「え?」
 小野田は固まった。
 他のクラスメイトもざわついた。
 高校の教室で男が女に抱きつくとはそういうことだ。
「……いいんですか?」
「犯人逮捕のためだから」
 由乃はこういうとき剛胆だ。
 クラスメイトの目もあることだし、ということで私は二人を人目のない廊下に連れ出した。
「じゃ、じゃあ」
 鼻息を荒くした小野田がゆっくりと由乃に近づき、抱きついた瞬間、
「犯人はあなたよ!」
 と私は鋭く言った。
「え、なんで?」
 小野田が由乃に抱きついたまま、私の方を見た。
由乃はね、目隠しをされていても一度自分に触れた人間を判別できるの。ね、由乃。黒いコートの男と同じ感覚でしょ?」
「……うん」
 由乃の言葉に小野田が固まった。
「そんな、こんなことで――」
「小野田君。由乃が嘘を言っているっていうの?」
「それは――」
 惚れた弱味で小野田は由乃を嘘つき呼ばわりできない。否定できずにいる相手に手加減せず、私は追い討ちをかけた。
「おかしいと思ったのよ。一ヶ月前にホームレスが公園に住み着いたっていうのはいいとして、そのホームレスが出歩くときは必ず黒いコートを着ているってどこ情報よって不思議に思った。しかも、その黒いコートの男は由乃を抱きしめると川に身を投げて姿を消した。まるで由乃に抱きつくのが目的だったみたいな存在の仕方よね。最後に、さっきの由乃の証言が決め手になった」
 観念したのか、小野田は由乃に抱きついた状態で泣き始めた。
「小野田君、もう離れてもらってもいいかな?」
 由乃が少し迷惑そうな顔で言うと、小野田は素直に離れた。僕は僕は、とうわずった声で話し始めた。
「僕はずっと由乃さんのことが好きでした。入学してからずっと」
 ずっと、といってもまだ一ヶ月ぐらいだ。
「すごく眩しい存在で、一生手を触れることすらできない存在だと思って、でも諦められなかった。抱きしめる、ただそのためだけに今回の作戦を計画したんです」
 由乃に惚れてから数日で計画を思いついたことになる。なんという自己評価の低さと用意の周到さだろう。
「その割にはここ一週間、由乃に対して積極的だったじゃない。そのままデートに誘うなり何なりすればよかったんじゃない?」
「そうなんです。やっぱり勝手に抱きつくなんてよくない。僕もそう思ったんです。なけなしの勇気を振り絞って積極的に振る舞ったんですが、この一週間どうしても僕と由乃さんが恋人同士になってデートするってイメージが湧かなくて、なぜか主人と従者みたいになってしまって、それでやはり計画を実行するしかないと思って」
「少しわかるかな」
 確かにどう転んでも由乃と小野田が恋人同士になる想像が私にもできなかった。それは小野田だけの問題ではなく、由乃の問題でもあるのだろう。
「学生とホームレスの二重生活をして、目的を達成した暁にはホームレスの存在を抹消して犯人失踪ということにすれば学生である僕が犯人として浮上することはない。うまくいったと思ったのに……。まさか由乃さんに触れた人が誰だかわかる能力があるなんて」
「あ、それ嘘だから」
 私は正直に言った。
「え?」
「引っかけたの」
 小野田は私を見てから由乃を見た。
「アドリブだよ。とっさになっちゃんに合わせたんだ。もし私に能力があるとしたら、それは名探偵の助手としての能力だね」
「そんな――」
 小野田はへなへなとその場にへたり込み、うつむいた。
「それにしても小野田君、そんなに私のこと好きかー」
 由乃は満更でもなさそうだ。
 そこに小野田は一縷の望みを見たように顔を上げた。
「警察に通報するよ。痴漢は再犯率が高いから」
「そうだね」
 私の提案に、由乃は笑顔で応じた。

 

 名探偵コナツ 第12話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑫
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (A)一人二役
  (6)犯人が架空の人物に化けて犯行し、嫌疑を免れる
   【ロ】二重生活をして、架空の方で犯行した上、その架空の方を抹殺する。

 

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名探偵コナツ 第11話   江戸川乱歩類別トリック集成⑪

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 地元の球場でうちの野球部が試合をやっていた。
 奇跡のエース・野間勇次が投げる一球一球に歓声が上がった。
 終わってみれば完封。味方は一点入れたのみだったが勝利した。
なっちゃん。うちのエース、すごかったね。このまま甲子園まで行っちゃうんじゃないかな?」
 何事にも影響を受けやすい佐藤由乃は興奮した口調だ。坊主頭の上からロングヘアのウィッグをかぶっている。ちょっとずれていたので直してあげた。
「まだ二試合目よ。しかも味方が入れたのは一点のみ。勝ち進んでいくのは厳しいと思う」 野間勇次が奇跡のエースと呼ばれているのは、何もその実力のせいではなかった。
 二年の春、野間勇次は合宿所の近くにある滝壺に落ちた。複数の部員が目撃していて、死体は発見されなかったものの死亡扱いとなった。
 その野間が発見されたのが死亡扱いとなった九ヶ月後、今から三ヶ月前だった。記憶喪失になっていたが、家族と再会しその一ヶ月後には完全に記憶が戻ると、二ヶ月後には復学し野球部の活動も再開、そして前回の試合は今回と同じように完封。
 それが奇跡のエースと呼ばれる所以だ。
「でも、すごいよね。死んだと思われてたのが生きてて、それですぐに活躍しちゃうんだもん」
「そうね」
「一時期は、うちの野球部は呪われてるなんて噂があったのに。そんなの吹き飛んじゃうね」
 もちろん野間一人が滝壺に落ちたくらいでそんな噂は流れない。
 野間が死亡扱いとなった三週間後、その当時のエースピッチャーだった小野田猛がやはり滝壺から落ちて死亡したのだ。目撃者はなかったものの、そちらはすぐに死体が見つかった。
なっちゃん。何その難しい顔は?」
 由乃は私の顔真似なのか、変顔をして見せた。
「スポーツってさ、三日練習を休んだらパフォーマンスが落ちるって言われてる。野間は部活に復帰してから一ヶ月で完璧なピッチングをして見せた。練習していたとしか考えられない。それっておかしいよね」
「才能じゃないの? それか体が野球の練習を覚えていて、記憶喪失中も練習してたとか」 記憶喪失の間、野間を保護していたという隣県にある施設を訪ねた。そこで野間は竹村隆という名で九ヶ月間を過ごしていたのだ。
 施設長に話を聞いた。
「野球の練習? 見たことがないね」
「そう、どうやって彼は記憶を取り戻したの?」
「あるとき、テレビで野球の試合をやっていて、自分もやっていた記憶があるって。年格好から高校生だっていうのはわかってたしネットで調べたら滝壺に落ちた野球部員がヒットしたからそれじゃないかってことになって」
「施設で預かる前に、そういった検索はかけなかったの?」
「そもそも死亡扱いになってから保護したから、行方不明扱いになってなかったしね。野球をやっていた記憶があるってことで野間君がそのときは熱心に検索をかけたんだよ」
 施設長との会話を切り上げると、施設の子どもたちに話を聞いて回った。同行していた由乃は腕白坊主にウィッグを引っ張られて坊主頭をさらすことになり、それを見た子どもたちが驚き呆然となっていた。
 子どもの一人から森の中でピッチングの練習をしている野間の姿を見たという証言を得た。その子どもが声をかけたら、野間は動揺していたという。
「練習してるの隠したかったってこと?」
 由乃がつぶやいた。
「もし、エースの小野田が亡くなったら誰が一番疑われる? それはその当時二番手ピッチャーだった野間よ。二人は熾烈なエース争いを繰り返していたそうだからね」
「確かに」
「だから野間はまず自分を殺してから架空の人物になりすまし、小野田を殺した。そうすれば野間は疑われない。計算通り、小野田の悲劇ではなく、野球部の悲劇ということになった。すぐに出ていったら殺しを疑われると思って九ヶ月間待った。なかなか執念深い男よ。マウンドを誰にも譲りたくない。エースにふさわしい。だけど――」
「だけど?」
「もう二度とマウンドに立つことはないんでしょうね」

 

 名探偵コナツ 第11話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑪
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (A)一人二役
  (6)犯人が架空の人物に化けて犯行し、嫌疑を免れる
   【イ】二重生活をして本人の方を抹殺し、架空の人物として残り犯行する。そうすれば動機が不明になるのである。

響ー小説家になる方法ー

 新しいヤンキー漫画! 主人公は次々と強敵を倒し、最後は(将来の)総理大臣をぶっ倒す。そんな話。

 注意点としてはこの漫画を読んでも小説家にはなれないということ。なぜ主人公の書いた小説は面白いのか? 主人公は天才だから! 参考にならない。


響~小説家になる方法~(1) (ビッグコミックス)

響ー小説家になる方法ー

 新しいヤンキー漫画! 主人公は次々と強敵を倒し、最後は(将来の)総理大臣をぶっ倒す。そんな話。

 注意点としてはこの漫画を読んでも小説家にはなれないということ。なぜ主人公の書いた小説は面白いのか? 主人公は天才だから! 参考にならない。


響~小説家になる方法~(1) (ビッグコミックス)

名探偵コナツ 第10話   江戸川乱歩類別トリック集成⑩

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 日曜日、昼下がりの喫茶店、食後のコーヒーを飲んでいると、スマホに知らない番号から着信があって私は電話に出た。
 相手は知人から私が探偵であることを聞いた人間で、端的に言うと依頼人だった。
 依頼内容は、小学校低学年ぐらいの女の子に腕を噛まれたのでその子を捕まえてほしいというものだった。
 さらに詳しく被害者から事件の状況を聞いた後、LINE交換し怪我の画像を送ってもらってから、犯人の心当たりに向かった。
 商店街を通り過ぎた先にある住宅地、一件の家の前で足を止めると、チャイムを鳴らした。
 以前とある事件で面識のあった東山美耶子が玄関に出た。現時点ではトレードマークであるサングラスもマスクもしていなかった。
 挨拶もそこそこに私は本題に入った。
「今日の午前中、女の子に通りすがりの子どもが噛まれるという事件があったの。母親らしき女はサングラスにマスクをしていて、その母親は女の子のことを博弓と呼んだ。身に覚えはある?」
「今日、私も博弓も家から一歩も出てないわ」
 小一の娘・博弓が疑われることに慣れっこなのか、美耶子は落ち着いて答えた。
 もちろん本人の発言ではアリバイにはならない。
「もしあなたの証言が事実なら、あなたに嫌疑をかけたい第三者がいるってことになる。心当たりはある?」
「何人かはね」
「その中で小学校低学年の娘がいて、なおかつ一番可能性の高い親子を呼んで」
 二十分後、お上品そうな二十代後半の女と、前歯のない女の子がやってきた。
 今日の午前中に起きた事件についてその親子に語った後、私は単刀直入に聞いた。
「なんでやったの?」
 いきなり自分を犯人と決めつける私の発言に、さすがに女は絶句した。
 そんな緊迫感とは関係なく、博弓と女の子が取っ組み合いを始めた。美耶子も女も止めようとしない。
 女がまだ黙っていたので、私は子どもたちの方に顔を向けて聞いた。
「二人とも仲悪いの?」
 うん、と二人同時で元気に答えた。仲は悪いらしいが息は合っている。喧嘩友達なのだろう。
 私が女に向き直ると、女は私ではなく美耶子の方を向いて文句を並べ始めた。
「いつもあなたが博弓ちゃんを放置してるから、こんなふうに被害者が出るのよ。通りすがりの子どもに噛みついた? あー嫌だ。まるで野良猫ね。周りに悪影響しかない。うちの娘も博弓ちゃんの奇行を真似するし、困ってるのよ」
「恥ずかしい思いもした?」
 私は割って入って聞いた。
「そりゃ、もう!」
 私を味方に引き入れようと勢いよく女は答えた。
「そうすると、サングラスで顔も隠したくなる?」
 私は女に手元のサングラスを見せた。
 思わず女は自分のバッグと私の手元にあるサングラスを交互に見た。それもそのはず、そのサングラスは女のものだ。
 女の隙を見て、先ほどバッグの中から拝借したのだ。探偵にはこういったマジシャンじみた技術があっても無駄にはならない。
「今日も娘は博弓の真似をして通りすがりの人間に噛みついた。恥ずかしかったあなたはとっさにサングラスをすると、博弓に罪をかぶせるため自分の娘に『博弓』と呼びかけた」「……誤解よ」
 私はスマホを取り出すと、画面を見せた。
「これ、被害者の腕の画像。ちゃんと歯形が写ってる。上の前歯が二本ともない子が噛んだら、こんな歯形が付くでしょうね」
 しんとなる。
 その静けさに注意を引かれたのか取っ組み合いの手を止めた女の子がこちらを見た。バカみたいにぽっかり開いた口には、前歯が二本ともなかった。
 女の子の隙を突いて博弓はその腕に噛みついた。その歯形は、やはりスマホの画像のものとは一致しなかった。

 

 名探偵コナツ 第10話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑩
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (A)一人二役
  (5)犯人が嫌疑をかけたい第三者に化ける

 

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