鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第74話  江戸川乱歩類別トリック集成(74)

「だから私はあなたに告ってない! それなのに告ったとか言わないでくれるっ? そんな噂を広められたら迷惑だわ!」
「なんでそんな嘘言うんだよ? 確かにぶっきらぼうな言い方をしたのは悪かったよ。だからこうやって謝るために声をかけんたんじゃないか」
「だから告ってないって言ってるでしょ!」
「確かに君は僕に告ったんだ」
「あなたが大声あげたせいで人が集まってきたじゃない!」
 私もその一人だ。その前から二人の会話の内容はある程度聞こえていた。ちなみに新田洋介より広江恵梨香の声のほうが大きい。
「ごめん……。でも君が嘘をつくから……」
「じゃあ、いつ?」
「へ?」
「何時何分何秒に私があなたに告ったの?」
「そんな子供みたいな――」
「いいから答えなさいよ」
「それは……、今日の昼休み、校舎裏だよ。食事が終わったすぐ後だから、十二時二十分ぐらい?」
「その時私は妹の美野里と一緒にいたわ」
 美野里とは恵梨香の妹だ。二人は一卵性の双子で同学年だ。
「他に証言してくれる子もいる。ちょうど私達が話しているとき通りかかった人がね」
 恵梨香がそう言うと、野次馬の中から証言者が数人出てきた。
「そんな――」
 新田は茫然自失だ。
「そういえば、さっき声をかけてきたとき、他に好きな人がいるから断ったとか言ってたけど、本当はやっぱり私のことが好きなんじゃないの?」
 嘘つき呼ばわりされたショックで立ち尽くしている新田洋介を見ていられなくて、私は割って入ることにした。
「ちょっと待って。今の口ぶりだと恵梨香が告白したのは本当みたい」
「なんで?」
 恵梨香が私を睨みつけた。
「本当はやっぱり、なんて告白してなければ言わないでしょ?」
「ただの言葉尻でしょう」
「言葉尻って言うなら、好きだったんじゃないのっていうのも告白したからこそのセリフだとも受け取れる」
「だからそれはさっき新田が因縁つけてきたときに言ったからよ」
 私は恵梨香のアリバイの証言者たちに詳しく話を聞いた。
 証言者たちは一様に恵梨香と美野里が話しているのを見た、と証言した。
 時間は十二時二十分、場所は化学室の出入り口。
 そこから校舎裏に行くまでに十分はかかる。恵梨香のアリバイは一見、完璧だ。
 だが、単純なトリックが使われたと私は直感した。
 化学室に面している廊下は日当たりが悪くて暗いし、化学室自体も使用していないときはカーテンがしてあって暗い。
 私は恵梨香と美野里、二人の姉妹が行ったトリックについて説明を始めた。
「化学室に入ってすぐのところに鏡を置いて、廊下に立っていた美野里が自分の姿を映し込んで、姉の恵梨香と自分の一人二役を演じた。声も見た目もそっくりだから成立するトリックね。恵梨香は振られたときのことを考えてそうやってアリバイを作った。」
「なんの証拠もないことをぬけぬけと……!」
 恵梨香は見るからに憤っていた。
美野里に聞けばわかることよ。彼女はあなたほど気が強くないから」
 私は冷静に言った。
 恵梨香と美野里、二人とも見た目も声もそっくりだが、性格は正反対で美野里は気が優しかった。
美野里まで巻き込むんじゃないわよ! そうよ。私が告白した。美野里は私に付き合ってくれただけ」
 恵梨香は荒ぶった。
 いよいよ人が大勢集まってきたとき、その中からおずおずと美野里が姿を現した。
「ごめんなさい。私がお姉さんに頼んで私のふりをして告白してもらったの」
 みんな目が点となった。
 いくら気が弱いからってそこまでやってもらうか? という呆れからだろう。それと、その結果みんなの前でそんな恥ずかしい事実を姉を守るために告げなければならなくなった本末転倒感も手伝って、その場をなんとも言えない空気が支配した。
 だが、姉を助けるために恥を忍んで人前に出てきた美野里はやはり優しかった。
「え、あれって、美野里ちゃんのふりをしてたの?」
 と新田洋介が恵梨香に真顔で聞いた。
「そうよ。そっくりだったでしょ? それなのに全然そう思われてなかったのは私の演技力が未熟だったせいね。それで私が告白したなんて思われて、すごく屈辱的だわ」
 事情を理解した新田洋介は美野里に向き直った。
「あの、じゃあ美野里ちゃんが僕を好きってこと……?」
 そうまっすぐに問われて、美野里がうつむいた。
 新田洋介がぐっと両拳を握った。
「僕も好きです」
 美野里は顔を上げた。驚きと喜びで目が輝いていた。
 おー、と周りから歓声が上がると、拍手が続いた。
 拍手の音が廊下に響き渡る中、恵梨香は満足そうに妹とその彼氏を祝福の表情で見ていた。
「良かった。本当に良かった」
 心底喜んでいる様子の恵梨香だったが、やがて、はたと、腑に落ちないようにつぶやいた。
「でも、なんで私がダメで美野里ならOKなのよ?」
 それは性格だろうな、と私は冷静に思った。別に恵梨香の性格が悪いってことではなく、好みの問題ということだ。

 

 名探偵コナツ 第74話
 江戸川乱歩類別トリック集成(74)
 【第六】その他の特殊トリック
 (1)鏡トリック


ミスハラ探偵の人格を疑う推理