鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第24話   江戸川乱歩類名探偵別トリック集成(24)

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 ロープを持った犯人は、被害者がバス停から降りたところを狙った。被害者は死に、警察が遺体を運び去り、血の跡が残るだけになった現場に私はやってきた。
 例の如く、神津刑事が私を呼び出したのだ。
 中学生のときまでそんなことはなかった。それが高校入学後、まるで便利屋のように私を呼び出している。その結果、事件は早期解決するわけだから正しい判断なわけだが、刑事魂的なものは失ってしまったように感じた。
 横目で神津刑事を見ると、ちょうど欠伸をしていた。
 ダメ刑事、という単語が頭に浮かんだ。責任の一端は自分にあるような気がした。まあいい、と頭を切り換えた。
 ただでさえ毎日事件に遭遇するのだ。神津刑事の面倒までみる余裕はない。事件解決に集中しよう。
 事件の概要はこうだ。
 バス停にバスが停車、待ち伏せしていたらしい犯人が被害者をロープで絞殺した。バスの運転手は一部始終を目撃していた。犯人は目出し帽をかぶっていて、全身黒ずくめだったと証言している。とっさのことで助けに入ることができなかったとも語った。
 運転手のすぐ後ろに座っていた山田浩二というサラリーマンも同じ光景を目撃している。 運転手と山田浩二以外に五人の乗客がいて、その五人は直接事件を目撃していないものの、運転手と山田浩二の慌てる様子を目にしていた。
 ちなみにそのときそのバス停から乗車する人物はおらず、降車するのも被害者だけだった。バス停は森と呼べるような場所に隣接していていた。木々が目隠しになったこともあってか、少し離れた場所に民家が点在していたが他に目撃者はない。
「おかしいんだよね」
 と私はつぶやいた。
「なにが?」
 脳天気な顔で神津刑事が聞いた。
「なぜ犯人はわざわざバスが停車したばかりのバス停なんて人目につきそうなところで犯行を行ったのか?」
「それは待ち伏せしてたからだろ?」
「それだったら自宅とかでもよかった」
「自宅を知らなかったとか?」
「他にも疑問はある。この場所を犯行に選んだ以上、人に目撃されることは予想できたはず。実際、犯人は目出し帽をかぶっていた。それなのになぜ絞殺なんて時間がかかる方法を選んだのか?」
「返り血を気にしたんじゃないか?」
上着を回収するなりすればいい」
「処分に困るだろ」
「バッグにでも入れて現場を離れてからゆっくり処分すればいい。悠長に絞殺なんてするよりもそっちの方がよっぽど理に適ってる。もちろん検問なんかでバッグの中身を見られたり、捨てた衣服を警察が発見、DNA鑑定されるのを恐れたと考えれば筋は通るけど、そうするとそんな慎重な犯人がなぜ人目のあるような場所で犯行を行ったかやっぱりわからなくなる」
「目出し帽に絶対の信頼を持っていたんだろう」
 神津刑事の言葉でピンと来た。
 犯人は姿を見られても警察に捕まることはないという絶対の自信を持っていたのではないか? その理由は目出し帽だけではないはずだ。
 殺害に多少時間がかかっても刃物を使った刺殺や鈍器を使った撲殺よりも、絞殺の方が都合のいいこととは何か?
 犯行現場を誤魔化しやすいというのが真っ先に思い浮かんだ。刺殺では間違いなく出血するし、撲殺でもその危険はいくらかある。
 となると、バス停は殺害現場ではないということになる。
 だが、運転手も乗客もバス停が殺害現場だと証言している。正確には、運転手と山田だけだが。
 私は関係者全員の名前を神津刑事から聞いた後、運転手と山田浩二、乗客の五人を前に推理を披露することにした。
「犯人はあなただ、小林さん」
 私は誰の顔も見ずに言った。
 すると、小林を除く全員が小林を見た。
 神津刑事は、誰が小林だっけ、と慌てていたが、皆が一人を見ているのでその人物が小林だと気づいてそちらを見た。
 言葉にならないような声を発する者、全身に緊張を張り付かせた者、黙って私を見る者と人々は様々な反応を見せたが、一様にその顔には当惑が広がっていた。
 こういう場面でお決まりの「なぜこの人が?」みたいな台詞を口にする者はいなかった。いや、一人だけを除いて。
「なぜこの人が?」
 神津刑事は言った。
「あ、言い間違えた。言い直すね。小林さんも、犯人だ」
「……どういう意味だ?」
 私の言い直しに、ますますわけがわからない様子で神津刑事は聞いた。
「みんな小林さんの名前と顔を知っていた。おそらくこの乗客は皆、それぞれの存在を知っていた。田舎のバスで、いつも乗る顔ぶれは同じ。それで気心が知れたってわけね。そして今回、被害者を殺すために完全犯罪を目論んだ。運転手と乗客全員がぐるになって嘘の証言をして架空の犯人をでっち上げた。恐らく犯行はバスの中。そうすれば他の人間に犯行を目撃される心配は低くなる。血が出るような殺し方をすれば、死体を遺棄したとき殺害現場が違うことに気づかれると思ったから絞殺にした」
「しかし、他の乗客が乗ってくるかも……」
「そのときは犯行を断念すればいい。たぶん、被害者もバスの常連だった。チャンスはいくらでもある」
「死体を降ろすときはどうだ? バス停で人が待っていたら……」
「そのときは死体を座席に座らせて寝ているように見せかければいい。隣に座っていればいくらでも誤魔化せる。それにこのバス停で人が乗ることはほとんどないと運転手は知っていた。だからこそ、ここを死体遺棄現場に選んだ」
「動機は?」
「さあね。人が集まれば何かしらトラブルは起こるよ。例えば一年前、確かこのバスを利用していた女子高生が自殺したって事件があった」
 私の言葉に犯人達の顔が歪んだ。怒りや悲しみ、そして後悔。それは、今回の事件によってでなく、過去に起こった女子高生の自殺によってであることは疑いの余地がなかった。


 名探偵コナツ 第24話 
 江戸川乱歩類名探偵別トリック集成(24)
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (B)一人二役の他の意外な犯人トリック
  (9)意外な多人数な犯人 


 ロープを持った犯人は、被害者がバス停から降りたところを狙った。被害者は死に、警察が遺体を運び去り、血の跡が残るだけになった現場に私はやってきた。
 例の如く、神津刑事が私を呼び出したのだ。
 中学生のときまでそんなことはなかった。それが高校入学後、まるで便利屋のように私を呼び出している。その結果、事件は早期解決するわけだから正しい判断なわけだが、刑事魂的なものは失ってしまったように感じた。
 横目で神津刑事を見ると、ちょうど欠伸をしていた。
 ダメ刑事、という単語が頭に浮かんだ。責任の一端は自分にあるような気がした。まあいい、と頭を切り換えた。
 ただでさえ毎日事件に遭遇するのだ。神津刑事の面倒までみる余裕はない。事件解決に集中しよう。
 事件の概要はこうだ。
 バス停にバスが停車、待ち伏せしていたらしい犯人が被害者をロープで絞殺した。バスの運転手は一部始終を目撃していた。犯人は目出し帽をかぶっていて、全身黒ずくめだったと証言している。とっさのことで助けに入ることができなかったとも語った。
 運転手のすぐ後ろに座っていた山田浩二というサラリーマンも同じ光景を目撃している。 運転手と山田浩二以外に五人の乗客がいて、その五人は直接事件を目撃していないものの、運転手と山田浩二の慌てる様子を目にしていた。
 ちなみにそのときそのバス停から乗車する人物はおらず、降車するのも被害者だけだった。バス停は森と呼べるような場所に隣接していていた。木々が目隠しになったこともあってか、少し離れた場所に民家が点在していたが他に目撃者はない。
「おかしいんだよね」
 と私はつぶやいた。
「なにが?」
 脳天気な顔で神津刑事が聞いた。
「なぜ犯人はわざわざバスが停車したばかりのバス停なんて人目につきそうなところで犯行を行ったのか?」
「それは待ち伏せしてたからだろ?」
「それだったら自宅とかでもよかった」
「自宅を知らなかったとか?」
「他にも疑問はある。この場所を犯行に選んだ以上、人に目撃されることは予想できたはず。実際、犯人は目出し帽をかぶっていた。それなのになぜ絞殺なんて時間がかかる方法を選んだのか?」
「返り血を気にしたんじゃないか?」
上着を回収するなりすればいい」
「処分に困るだろ」
「バッグにでも入れて現場を離れてからゆっくり処分すればいい。悠長に絞殺なんてするよりもそっちの方がよっぽど理に適ってる。もちろん検問なんかでバッグの中身を見られたり、捨てた衣服を警察が発見、DNA鑑定されるのを恐れたと考えれば筋は通るけど、そうするとそんな慎重な犯人がなぜ人目のあるような場所で犯行を行ったかやっぱりわからなくなる」
「目出し帽に絶対の信頼を持っていたんだろう」
 神津刑事の言葉でピンと来た。
 犯人は姿を見られても警察に捕まることはないという絶対の自信を持っていたのではないか? その理由は目出し帽だけではないはずだ。
 殺害に多少時間がかかっても刃物を使った刺殺や鈍器を使った撲殺よりも、絞殺の方が都合のいいこととは何か?
 犯行現場を誤魔化しやすいというのが真っ先に思い浮かんだ。刺殺では間違いなく出血するし、撲殺でもその危険はいくらかある。
 となると、バス停は殺害現場ではないということになる。
 だが、運転手も乗客もバス停が殺害現場だと証言している。正確には、運転手と山田だけだが。
 私は関係者全員の名前を神津刑事から聞いた後、運転手と山田浩二、乗客の五人を前に推理を披露することにした。
「犯人はあなただ、小林さん」
 私は誰の顔も見ずに言った。
 すると、小林を除く全員が小林を見た。
 神津刑事は、誰が小林だっけ、と慌てていたが、皆が一人を見ているのでその人物が小林だと気づいてそちらを見た。
 言葉にならないような声を発する者、全身に緊張を張り付かせた者、黙って私を見る者と人々は様々な反応を見せたが、一様にその顔には当惑が広がっていた。
 こういう場面でお決まりの「なぜこの人が?」みたいな台詞を口にする者はいなかった。いや、一人だけを除いて。
「なぜこの人が?」
 神津刑事は言った。
「あ、言い間違えた。言い直すね。小林さんも、犯人だ」
「……どういう意味だ?」
 私の言い直しに、ますますわけがわからない様子で神津刑事は聞いた。
「みんな小林さんの名前と顔を知っていた。おそらくこの乗客は皆、それぞれの存在を知っていた。田舎のバスで、いつも乗る顔ぶれは同じ。それで気心が知れたってわけね。そして今回、被害者を殺すために完全犯罪を目論んだ。運転手と乗客全員がぐるになって嘘の証言をして架空の犯人をでっち上げた。恐らく犯行はバスの中。そうすれば他の人間に犯行を目撃される心配は低くなる。血が出るような殺し方をすれば、死体を遺棄したとき殺害現場が違うことに気づかれると思ったから絞殺にした」
「しかし、他の乗客が乗ってくるかも……」
「そのときは犯行を断念すればいい。たぶん、被害者もバスの常連だった。チャンスはいくらでもある」
「死体を降ろすときはどうだ? バス停で人が待っていたら……」
「そのときは死体を座席に座らせて寝ているように見せかければいい。隣に座っていればいくらでも誤魔化せる。それにこのバス停で人が乗ることはほとんどないと運転手は知っていた。だからこそ、ここを死体遺棄現場に選んだ」
「動機は?」
「さあね。人が集まれば何かしらトラブルは起こるよ。例えば一年前、確かこのバスを利用していた女子高生が自殺したって事件があった」
 私の言葉に犯人達の顔が歪んだ。怒りや悲しみ、そして後悔。それは、今回の事件によってでなく、過去に起こった女子高生の自殺によってであることは疑いの余地がなかった。

 


 名探偵コナツ 第24話 
 江戸川乱歩類名探偵別トリック集成(24)
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (B)一人二役の他の意外な犯人トリック
  (9)意外な多人数な犯人