サンタが死んでる。
そんなことを叫びながら佐藤由乃が教室に飛び込んできた。
由乃について校舎裏に行くと、サンタクロースが仰向けに倒れていた。赤と白からなるコスチュームをまとい、口元にも顎にも長く白い髭が生えていた。
一見して外傷はなかった。
「なんで死んでると思ったの?」
私が由乃に聞くと、一緒についてきた他のクラスメイトも由乃を見た。
「脈を取ったからね」
普通、人が倒れているからといって脈は取らない。まだ人生経験の浅い高校生だったら声をかけるなり揺するなりして相手が動かなければ人を呼びに行くのが関の山だろう。それが脈を取るとは冷静な判断と行動だ。どうやら由乃は私と一緒にいることで事件現場に場慣れしてしまったようだ。
私は由乃から再びサンタクロースに目をやった。赤い衣装でわかりにくかったが、腹部がわずかに血濡れていた。
だが、衣装の腹部には裂け目などなかった。ならば背中を刺されて、それが腹部まで貫通したのか?
それなら背中から出た血が地面に落ちているはずだ。
私はサンタクロースの体を傾けたが、やはり衣装の背中部分にも傷はなく、地面に血の跡もなかった。
つまり。
「犯人は被害者の腹を刺した後、サンタの衣装を着せたことになる」
「なんでそんな面倒くさいことをしたんだろう?」
私の推理に、由乃は当然の疑問を口にした。
「それにサンタクロースなんて季節外れだよね」
今は春が終わり夏が始まろうとしている時期だ。
由乃の隣で、ぽん、と小野田大樹が手を打った。
「わかりました。今日から一週間、近所の商店街でコスプレ祭りをやってるんですよ」
「ああ、そういえば」
小野田の情報提供に、由乃は納得の声を上げた。
「そうです。コスプレをしていれば全品五パーセント引きで商品が買える催しです。有名コスプレイヤーも呼んだって話ですよ」
「でもこのサンタの衣装、この学校の備品庫で見た気がする」
「まさかあ。だって、このサンタさんに心当たりないよ」
私の指摘に由乃は笑顔で言った。
サンタの上着の裾をめくったら、マジックで『備品』と書いてあった。
それを見て由乃は固まった。
「…………」
「でもこの顔、どこかで見たことあるんですよねえ」
と小野田。
私は目を閉じて、被害者の顔を想像した。
閃いた。
「この白髭、白髭盗賊団のリーダー、白髭そっくりよ」
あ、とみんなが合点した。
そうなのだ。
アニメ・盗賊戦記のリーダー白髭もこのような髭の持ち主だった。
ようやく神津刑事が到着し、捜査を開始、午後には犯人を逮捕した。その際、私は被害者の名前を聞いた。細田泰三というらしい。
犯人は細田が主催するコスプレ集団、白髭盗賊団のメンバーの一人だった。
そのメンバーはナイフを持って白髭のコスプレをしていた細田を追いかけ回し、この学校付近で腹部を刺すことに成功した、と証言していた。
だが、謎がひとつ残った。
その犯人、犯行自体は認めたものの、サンタクロースの衣装を着せたことだけは否定しているのだ。サンタクロースの衣装を着せたからと言って罪が重くなるわけではないので本当のことを言っているのだろう。
「どういうことなんだろうね?」
下校時、由乃は不思議そうに言った。
「白髭盗賊団って知ってる?」
「うん。盗賊戦記って人気アニメに出てくるグループのひとつでしょ?」
「そのリーダーの白髭については?」
「あんまり」
「白髭ってすごくいいリーダーで部下達から慕われてるの。すごく強いし絶対に負けない。これまで物語上で何度もピンチに陥って何度も死にそうになったんだけど、そのたびに挽回して生き残ってきた。絶対に死なない、がそのキャラクターを評する言葉だった」
「へー」
「細田が白髭というキャラクターにすごく愛着があったのは間違いない。自分たちのグループ名に白髭盗賊団ってつけるぐらいだからね。それなのに白髭のコスプレをしている自分は死にそうになってる。白髭の格好で死ぬわけにはいかない。細田はそう思ったはずよ。だから犯人から逃げてやってきた校舎でサンタクロースの衣装を発見してこれ幸いとばかりに着替えたのよ」
「私服じゃまずかったの?」
「逃げて学校までやってきたわけだから、私服は手元になかった」
「裸になるとか?」
「そしたら裸の白髭が死んだってことになる。あの特徴的な髭だからね」
「だったら付けひげを取ればいいんじゃ――」
「あの髭は地毛だそうよ」
「まだ三十代だよね?」
「本来は黒い髭を脱色してたみたいね」
「なっちゃん……」
「なに?」
「少年探偵団結成しようよ!」
「絶対に嫌」
私はそう言うと、歩を早めた。
待ってよー、と由乃が私を追いかけてきた。
名探偵コナツ 第30話
江戸川乱歩類別トリック集成(30)
【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
(D)異様な被害者