鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第31話   江戸川乱歩類別トリック集成(31)

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 アパートの一室で私は一人の女と向き合っていた。
「怒鳴り声がしたんです。彼女の部屋から」
「なんて?」
「火事だ! 逃げろって。確かそんな感じ」
「それで?」
「それで彼女は窓から逃げようとして転落して怪我をしたんじゃないですか?」
 幸い一階だったため、その彼女――佐倉智恵は脳しんとうを起こしただけで済み、今現在病院で検査を受けている。
 質問に答えているのは佐倉の隣の部屋に住む安藤法子だ。
 ちなみにここは佐倉智恵の部屋であり、本人の許可を得て入室している。
 自分をいきなり怒鳴りつけた犯人を捕まえほしいと佐倉は私に依頼したのだ。
 事件が起こったのは午前六時前後。
 佐倉の証言によれば、夜寝る前に戸締まりをし、ドアにも窓にも鍵がかかっていたにもかかわらず、すぐそばで怒鳴り声が聞こえたそうだ。つまり、佐倉はわざわざ窓の鍵を開けて、窓から飛び降り怪我をしたのだ。もちろんそのとき室内に人影を見てはいなかった。 私は改めて部屋を見回した。
 ワンルームだ。
 当然、抜け穴はないし、人が隠れる場所もない。したがって部屋の中で誰かが怒鳴ったりもできない。
 ラジオもテレビもない、今時の若者の部屋だ。なのでそれら音響機器からの音声というわけでもない。念のため佐倉が病院に行く前、そのスマホを調べたが変なアプリは入っていなかった。
 私はベッドに目をやり、その枕元の時計を見た。
「時計は鳴るけど怒鳴りませんよ」
 安藤は皮肉っぽく言った。質問攻めにしたことを根に持っているらしい。
 私はベッドに近づき、枕元に置かれている目覚まし時計を手にすると、あることに気づいた。
「これ、録音再生機能がついてる」
 アラームの針を今の時刻に会わせると、
『火事だ! 逃げろ!』
 と目覚まし時計が怒鳴った。
「この声の主が犯人ってこと?」
 安藤は目をまん丸にして言った。
「それはわからない。ドラマなんかの音声を使ってるかもしれないし、ボーカロイドを使ってるかも。最近のは精巧だから」
「じゃあ手がかりにならないの?」
「犯人はわかる」
「誰?」
「昨日のうちに佐倉さんを訪ねてきた人物」
「え?」
「音声を録音して残せるのは、一度目覚まし時計が使われてから次に使われるまでの間しかない。そして、今日は火曜日で昨日は月曜日。会社勤めの佐倉さんが月曜日の朝に目覚まし時計を使わなかったはずがない。犯人は昨日、月曜日、この部屋に客として通されたか勝手に忍び込んだ人物よ」
 私はそう説明してから、昨日の訪問者を知るべく佐倉の携帯に電話した。

 


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 名探偵コナツ 第31話 
 江戸川乱歩類別トリック集成(31)
 【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
 (A)密室トリック
 (1)犯行時、犯人が室内にいなかったもの
 【イ】室内の機械的な装置によるもの