鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第38話  江戸川乱歩類別トリック集成(38)

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 私たちはまだ島に閉じこめられていた。立花陽子の遺体はビニールシートにくるんだ状態で屋敷内の涼しい場所に運んだ。犯人の稲垣吾郎は部屋の一室を牢獄とし閉じこめておいた。警察が島にやってくるまでの一時的な処置だ。
「ねえ、一緒に散歩に行きませんか?」
 松本太が石橋貴文の部屋のドアを開けて半身を入れると、声をかけた。
「行かねえよ! なんでおまえと行かないといけないんだ!」
 慌てて松本はドアを閉めると、後ろに控えていた私たちに向かって苦笑した。
「断られちゃったよ。しょうがない。僕たちだけで行こうか」
 神津刑事は一階フロアのソファに座って休んでいた。屋敷の二階は吹き抜けになっていて、一階から見上げると、通路と部屋のドア上部が見えるようになっていた。
 松本太、佐藤由乃、私の三人で島を散策した。手つかずの自然が残っている上に、周囲は海ということもあって、いい気晴らしになった。
 私たちは夕食の時間に屋敷へ戻ってきた。キッチンの巨大冷蔵庫二台に、七人分の食料が一週間分入っている。
 それまでは立花陽子が料理をしていたが、亡くなってしまったので佐藤由乃と私の二人で分担して料理することになった。
 やってみてわかったのだが、由乃は料理が下手だった。結果、ほぼ私がやった。
「すごい、なっちゃん。料理も得意なんだ」
「苦手じゃないかな。料理も推理と同じ。材料さえあればなんとかなる」
 私と由乃で料理をダイニングの長テーブルに運んだ。
「石橋さんはまだ部屋ですか?」
 由乃が誰にともなく聞いた。
 神津刑事と松本はすでに席についていた。
 神津刑事と松本太、由乃、私で階段を昇り、石橋の部屋のドアを開けた。鍵はかかっていなかった。部屋の中央に石橋が仰向けで倒れていた。
 胸をナイフで一突きされているように見えた。真っ白なワイシャツの胸の部分が血で染まっていた。
 私は石橋に歩み寄り、脈を取った。脈はなかった。石橋は死んでいた。眉根を寄せた苦しそうな表情だ。
 皆がいっせいに神津刑事を見た。私、由乃、松本太の三人は散歩中でアリバイがあった。神津刑事だけにアリバイがなかった。
「神津刑事、なんであんなことしたんですか?」
 由乃が聞いた。
「ち、違う。僕はやってないっ!」
「犯人はみんなそう言うんです。神津刑事は刑事なんだから知ってるでしょ?」
 由乃はいつになく詰めた。
「行かねえよ! なんでおまえと行かないといけないんだ!」
 突如、死んだはずの石橋の声が響いた。
「幽霊っ?」
 由乃が辺りを見回した。
 やがて皆が私の手元の携帯に目をやった。
「これ、松本さんの携帯ね?」
 私は聞いた。
 松本は慌てて自分のズボンのポケットを調べた。
 私がすったのだから、もちろんあるはずがない。探偵には必要な技術ということで、子供の頃から父と実地で訓練した。
「松本さんが石橋さんの部屋の前で声をかけたとき、すでに石橋さんは犯人によって殺されていた。スマホに保存していた音声を利用してまだ生きているように見せかけた。音声は台詞そのものを録音したのか、編集して作ったのかわからないけど、後者だとしてもサンプルを集めておけば作るのはそう難しくはなかったはずよ。それでも多少の手間はかかる。なぜそんなことをしたのか? それは松本さんが犯人だからよ」
「くそっ!」
 松本が私に掴みかかってきた。
 私は身を屈めると、左に上体を落としながら右肘を外側から回し、松本の顎に当てた。松本は足を滑らせるようにして背中から床にひっくり返った。

 

 名探偵コナツ 第38話
 江戸川乱歩類別トリック集成(38)
 【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
 (A)密室トリック
 (2)犯行時、犯人が室内にいたもの
 【ロ】実際より跡に犯行があったと見せかける。