鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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名探偵コナツ 第32話   江戸川乱歩類別トリック集成(32)

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 とあるマンションの一室で、若手女優・仁科舞が死体で発見された。死因は前頭部に一キロの鉄アレイの一撃を受けたことによるものだった。
 玄関のドアは施錠されていた。
 ベランダ側の窓は閉まっていたものの、施錠はされていなかった。しかし、十階建ての六階のため、そこからの侵入は難しいと思われた。
 私は例の如く神津刑事からの呼び出しを受け、助手気取りの由乃を伴い被害者宅へとやってきていた。
「仁科舞って、最近ワイドショーで三角関係が報じられてた子だよね?」
「そうだ。しかしこれは厄介だぞ。密室殺人だ。どんなトリックを使ったんだ? そうだ、合い鍵だ! 合い鍵を持ってる奴が犯人だ!」
 神津刑事がはしゃいでいる横で、私は窓に歩み寄ると、窓を開けた。
 ちょうど道路を挟んで正面に別のマンションが建っていた。等間隔に並んでいるドアが見えた。双方のマンションとも南側に窓が作られているのだ。
「あっちのマンションには、豪腕で名を馳せた元プロ野球の八代木光輝が住んでるんだよ」「……由乃ってミーハーなところがあるよね」
「えへへ」
「別に褒めてないけど。でも八代木ってその三角関係の相手だよね?」
「そうだ。だが、あいつは死亡推定時刻にそっちのマンションで友人達と飲み会をやっててな。アリバイがあるんだ」
 と神津刑事。
「トイレぐらいには行ったんでしょ?」
「ああ。だけど、一分ぐらいだったと証言してる。それじゃあとても犯行は無理だ。あのマンションからこっちのマンションに来るまで十分はかかる。ちょっと待てよ。八代木の部屋も六階なんだ。トイレに行くと言って外に出て、こちらの部屋に縄を渡し、綱渡りしてこちらで犯行を行い、また綱渡りして戻ってくれば一分程度でも犯行は可能だ!」
 神津刑事はそれを本気で言っているのだ。
「縄一本でくるなんて不安定すぎる。一分で往復は無理。それに人通りが少ないとはいえあまりに目立ちすぎる。六階だからって、マンションの窓から見られたり、通路から見られる危険がある。それこそ綱渡り過ぎるよ」
「じゃあ、犯人は他にいるって言うのか?」
「ああ、そうだった! 隣の部屋に三角関係のもう一人、アイドルの朝平渚が住んでるんだった!」
 と声を上げたのは由乃だ。
 本当に詳しいな、と私は思った。財閥の力を趣味の情報収集に利用してるのではないかと疑った。
「朝平渚って、どんな子だっけ?」
「高校の薙刀部を舞台にした映画作品に出て人気が出た子だよ。映画がきっかけで薙刀を今でも続けてるんだって」
 芸能情報に疎い私に由乃が丁寧に説明した。
「朝平も死亡推定時刻には友人と飲み会だ。やはり一分ぐらい席を外したそうだが、窓の方には向かってないからそちらから侵入することは不可能だ」
「ふーん……」
 私の頭は高速で働き、適当な答えを導き出した。
「八代木はトイレに行くと言って部屋を抜け出し、通路に出た。向かいのマンションの部屋には被害者の仁科舞がいた。電話で頼んであったのか、仁科舞は窓を開けて、通路にいる八代木と道路を挟んで真正面にいた。その仁科に対して八代木は鉄アレイを全力で投げつけた。その直撃により仁科は死亡した」
「ちょっと待て。さすがに避けるだろ?」
「百六十キロの豪腕投手よ。その気で身構えていなければ避けられないよ。それにもしかしたらこんな甘い言葉を事前にかけていたのかもしれない」
「どんな?」
「今から君へのプレゼントを投げる。受け取ってくれ、とか? そしたら避けようなんて思わないでしょ?」
「だけど、窓は閉まってたじゃないか。いくら豪腕投手だからって犯行後に窓を閉めるなんてどうやってやるんだ?」
「それは死体が発見される前に、朝平渚が薙刀でも使って閉めたんでしょ。ベランダから身を乗り出すなり何なりすれば、このマンションの構造上不可能じゃないよ」
 おー、と言いながら由乃が拍手した。

 

 名探偵コナツ 第32話 
 江戸川乱歩類別トリック集成(32)
 【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
 (A)密室トリック
 (1)犯行時、犯人が室内にいなかったもの
 【ロ】室外よりの遠隔殺人