鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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風と月ー萌える童話ー


 風の精霊は幼女の姿に変身して日本に上陸すると、風子を名乗った。
 月の精霊も風子に続き日本に上陸し、幼女の姿になると月子を名乗った。
「今の日本ではこういうのがブームだからね。萌えキャラってやつ?」
 風子は胸を張ると威張って月子に講釈を垂れた。
「なんか恥ずかしいなー。衣装もひらひらだし」
「文句を言わない。郷に入れば郷に従えって言うでしょ。とにかく勝負よ」
「いいけどー」
 やる気のない様子で月子は言った。
 しめしめと風子は思った。
 かつて風の精霊が北風を名乗っていたとき、太陽の精霊と旅人のコートを脱がす勝負をしたことがあった。結果は、完敗だった。
 さすがに太陽は強かった。
 だが、月には勝てる。
 こいつは弱っちい。
 月は太陽の光を浴びてほんのり光っているだけだし、昼間なんて空に浮かんでいたってその色はほとんど雲と変わらない地味な存在だ。熱を発することもない。どう考えても勝つのは自分だと風子は勝利を確信していた。
 風子は月子を引き連れて住宅地の路地に入っていく。
 決戦の場所にここを選んだのには理由があった。
 日本の古い住宅地は家々が密集しているため、車同士が通り抜けするのが難しい狭い道が多い。効率的に風を吹き付けるにはもってこい。簡単にコートを飛ばすことができるはずだ。
「コートを脱がせた方が勝ちだからね」
「こんな暖かい日にコート着ている人なんているかなー」
「探せばいるわよ」
「別に服を脱がす勝負じゃなくてもー」
「絶対にコート脱がしじゃないとだめなの!」
「太陽に負けたことまだ根に持ってるんだね。負けず嫌いなんだからー」
「ぐ」
「あたしに勝っても意味がないと思うけどなー」
「うるさいうるさいっ。あんたは黙ってあたしと勝負すればいいのよ」
 ちょうどコートを着た男が二人の方に歩いてきた。
 午後三時、狭い道、左右にはびっしりと並ぶ住宅、条件は揃った。
 風子は男に全力で風を浴びせた。これじゃあ太陽の勝負の二の舞じゃないかって? ちっちっち、それが違うんだな、と風子は脳内観客と会話を始める。今吹き付けているのはただの風じゃないのよ。生暖かい風なの。だから午後三時というもっとも気温が高くなる時間を選んだんじゃない。おわかり?
「この勝負もらった!」

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 風子が勝利宣言してから一時間、旅人は全然コートを脱がなかった。かたくなに両手でコートの前を合わせていた。
 さらに四時間、全力で風を吹き付けているため、男は五時間前から三メートルしか前進していなかった。
 でも全然脱がせられない。
「もう夜だよー」
 気づけば外は真っ暗になっていた。公正な勝負をするためだからと雲の精霊に頼んで月は隠してもらっていた。
 まだだ!
 諦めない限り負けじゃない。
「時間制限はない!」
 でも力尽き、バタリと風子は倒れアスファルトに顔を突っ伏した。
 風の精霊は、風のすべてではない。こうして風子として人の形を取っているときも、世界中のあちこちで風が吹いている。さらに幼女の姿を取っているため、蓄えられるエネルギーの量も限られていた。
 風子の起こす理不尽な風から逃れることのできた男はコートを軽くはたくと再び歩き始めた。
 街灯の明かりは遠く、雲が月も星も隠しているため この辺りはかなり暗かった。男には周囲の風景がほとんど見えていないだろう。
「ようやくあたしの番だねー」
 月子が脳天気に言った。
 道路からなんとか顔を上げた風子は、月子の攻撃を見届けようと目をこらした。風が体を撫でてくれたおかげでいくらかエネルギー補充ができたため立ち上がった。
 月子がばっと手を上げると、雲が晴れ月が明るく辺りを照らし出した。
 男と月子は舞台の中心で照明を受けている役者みたいだ。
 劇的な光景。
「だから何だって言うの? 手をつないで踊りましょうとでも?」
 風子は少し離れた場所から悪態をついた。
 月子は動かない。
 一体どんな作戦? と風子はいぶかしがった。
 くるりと月子が振り返った。
「この後どうするか考えてなかったよー」
 こいつ本当のバカだと風子が思ったとき、男がばっと月子に向けてコートの前を開いた。 コートの下は何もつけていなかった。
 男は風子の存在にも気づいた。
 幼女が二人、と男はつぶやき、興奮が最高潮に達したとでもいうようにコートを脱ぎ去り宙に放り投げると、男は全裸になった。
「やった。風子ちゃん。私の勝ちだね。脱がしたよー」
「ち、違う。そいつは変態だ」
 やったよー、とはしゃぎながら月子が風子の方にやってきた。その月子を鼻息荒く男が追いかけてくる。
 背を向けて風子は必死で走り出した。力を使い果たしていたのでしばらくは幼女の姿のままでいるしかない。
 月明かりの下、風と月、変態の追いかけっこが始まる。


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