鬼熊俊多ミステリ研究所

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名探偵コナツ 第6話   江戸川乱歩類別トリック集成⑥

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「ねえ、ロマンチックだと思わない?」
 小乃子が言っているのは、この学校に最近流行り始めたお呪いの話だ。好きな人と制服のネクタイを交換すると、恋が成就するのだという。
 くだらない。
 ネクタイを交換するような相手なら告白はほぼ成功するに決まっている。ネクタイを交換する仲にもかかわらず付き合わないのだとしたらその理由を聞いてみたいものだ。
 私たちは食堂に向かうため、一年B組の教室を出て廊下を歩いていた。早くしないとA定食が完売してしまう。B定食はA定食より百円高いし、量が多いので、小食な上よく噛んで食べる私には荷が重いのだ。栄養が偏る丼ものやカレーなどは論外だ。
 通りかかった一年A組で何やら騒いでいるのが聞こえた。
なっちゃん! 事件みたいよ!」
 小乃子が余計なことを言った。
「A定食なくなっちゃうから」
 私はそのままA組を通り過ぎようとしたのだが、名探偵の呪いが発動した。気持ち悪くなってその場にしゃがみ込んだ。
「どうしたの、なっちゃん。もしかしてつわり?」
 小乃子は本気の顔で聞いた。
 えーい!
 勢いよく立ち上がると、私はA組に入った。
 男子三人、女子三人が輪になっていた。別に合コンをやってるわけではなさそうだ。遠巻きに見守っているのが他に数人、それ以外の生徒は関心を持っていない様子で、クラス全体を巻き込んでの事件ではないようだ。
「何があったの?」
 最近私の助手を気取っている小乃子が聞いた。
 かくかくしかじか、と彼らは事件について語った。
 あらましはこうだ。体育の授業が終わった後、教室に戻って着替えを始めたら、一部の男子生徒の衣服が盗まれていることが発覚した。
 被害者はこの場にいる三人。
 赤井君は、ワイシャツ。
 白谷君は、ズボン。
 黒山君は、ネクタイを盗まれた。
「きっと犯人はコスプレしたかったんだね」
「それだったら、一人から全部盗むよ」
 小乃子の推理を私が否定した。
「じゃあ、犯人はきっとパーツフェチだよ。赤井君の上半身、白谷君の下半身、そして黒山君の首が好きなの。それらのパーツを取るために三人を殺して死体をバラバラにするのは大変だから、その部位に近い衣服を取ったんだよ!」
 その場にいた全員がどんびいていた。
「小乃子、あなた……」
 ちょっと変わった子だとは思っていたが、かなり変わっているかもしれない。
 気を取り直して私は六人を観察した。先ほど聞いた話によると、男子三人、女子三人の仲良しグループらしい。その女子の方に目をやった。
 市ノ瀬さんは、リボン。
 新倉さんと三津屋さんはネクタイをしていた。
 それを見ただけでピンと来た。
「なんで三人からバラバラに衣服を集めたのか? そのすべてが目当てだったとしたら非合理すぎる。つまり、その中のひとつが目当てで、残りの二つは目くらまし」
「ずばり、そのひとつとは?」
 小乃子が調子よく聞いた。乗りがいい子だ。逆にやりにくいが、私はそのまま推理を続けた。
「最近、片想いの子とネクタイを交換すると恋が成就するって噂が流れてるよね? 犯人はそれを実行したかった。
 入学の際、女子はネクタイとリボン両方を購入する。でも、リボン登校する子はネクタイをすることなんてない。だからネクタイは余ってる。そこで、もし仲良しグループの一人がネクタイをなくしたなんて話になったらどうなる? 余ってるネクタイをあげるよってことになるよね? だから、これは普段リボンをしてる市ノ瀬さんのネクタイを手に入れたいと思っている人間が行ったことよ。そして、ネクタイを盗まれたことになっている黒山君が犯人ってことになる」
 皆が黒山君を見た。
「そ、そうとは限らないだろ」
 黒山君が反論を始めた。
「俺が市ノ瀬のネクタイを手に入れたとして、それじゃあ交換したことにはならないじゃないか」
「そこまで言わせるの?」
 私は溜息をついた。墓穴を掘ってるよ黒山君、と私は思った。黒山君は自らの名誉を貶めるきっかけを作った。
「後日、新しいネクタイを買ったからといって借りていたネクタイを返す。それは別に不自然でもなんでもない。でも、返すネクタイは今日なくなったはずの黒山君のネクタイ。そうすれば、ネクタイの交換をしたことになる。その自覚が市ノ瀬さんにあるかは別にしてね」
「俺は――」
 黒山君はそう言ったきり、黙ってしまった。
「……黒山君」
 市ノ瀬さんが口を開いた。
 黒山君はそちらに顔を向けられない。
「私もずっと黒山君のこと好きだった」
 その救いの言葉に、黒山君は泣き笑いのような顔を市ノ瀬さんに向けた。
「だけど、人のものを盗むような人とは付き合えない。ごめんなさい」
 泣き笑いの顔が崩れて、ついに黒山君は泣き出してしまった。
 ちょっとやりすぎたかと思わないでもなかった。
 罰として、昼食はカレーにでもするか。
 久しぶりのカレー、楽しみだ。

 

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 名探偵コナツ 第6話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑥
 (A)一人二役
  (3)犯人が被害者の一人を装い、嫌疑を免れる