鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第60話  江戸川乱歩類別トリック集成(60)



「死亡推定時刻は午後八時。被害者の田代はグラスに入ったワインを飲んで死んだと思われる。即効性のある毒物だ。部屋の戸締まりはしてあった。だから誰か人が侵入して毒を飲ませたわけじゃない。自殺で決まりだ」
 神津刑事は自信満々に言った。
 私は冷静に聞いた。
「容疑者は?」
「だから自殺で決まりだ」
「容疑者は?」
「……二人いる。山之内と紅林だ。共に三十代、高校の同級生で、三人は親友同士だ。だが、最近はぎくしゃくしていたと周囲の人間は証言している」
「それで詳しい状況は?」
山之内は被害者の田代の家を死亡推定時刻の一時間前、午後六時に訪れているが、午後七時に防犯カメラに田代が山之内を見送っている映像がある。アリバイは完璧だ」
「別に、毒なんだからいくらでもそれを飲むタイミングを操れる。毒の入っていた容器は見つかったの?」
「なかったが?」
「じゃあ、被害者はどうやって毒を持ち運んでいたの?」
「むう……、どうやって運んだんだ?」
「殺人説が濃厚になったね。犯人がグラスに毒を入れたのだったら、被害者宅にその容器がないのは何も不自然な事じゃない。自殺に見せかけるトリックは成立しないけどね」
「……そうだな」
「もう一人の容疑者・紅林は?」
 私が聞くと、神津刑事は自信を取り戻した顔になった。
「紅林こそ完璧なアリバイがある。死亡推定時刻には自宅にいた。アリバイトリックはあり得ないぞ。ブラジル在住でここ二年日本へ帰ってきてないからな」
「へー」
「ちなみに紅林は死体の第一発見者だ。スマホで田代とスカイプをやっていて、倒れたのを見て通報した」
「もしかしたらスカイプで示し合わせた上で乾杯したかもしれないね」
「紅林は確かにそんなことを言っていた」
「その時飲んだのは紅林が送った毒入りワインだったかもしれない」
「そんなことが――だが、証拠がない。グラスから毒とワインは検出されているが、肝心のワインボトルがない」
「それって誰かが持ち去ったってことだよね。考えられるのは山之内だけど、今どこにいるの?」
「自宅だ。ああ、そうだった。確かに山之内はワインボトルを家に持ち帰ったと証言していた。山之内によると、最初は一緒に田代の家でワインを飲み交わす約束だったんだが、どうしても家に帰らないといけない用事ができて、飲みかけのワインボトルをもらって家に帰ったんだそうだ。家でスカイプをやって三人で乾杯しようって約束してな。だが、帰ったら帰ったで忙しくて約束を反故にすることになったそうだ」
「それで命拾いしたのね」
「紅林が犯人って事か?」
「その可能性が高い」
「だが、そんなバレバレな、警察に捕まえてくれって言ってるようなもんだぞ」
「そう言ってるのかもね」
「そんなやついるか?」
「たまにいるでしょ、根っからの悪人っていうのが。スカイプで二人の親友がまさに死ぬ瞬間を見届けようっていうサディストぶりといい、海外にいるから簡単には捕まらないっていう高のくくり方といい、紅林は根っからの悪人よ」

 

 名探偵コナツ 第60話
 江戸川乱歩類別トリック集成(60)
 【第四】兇器と毒物に関するトリック
 (B)毒殺トリック
 (1)嚥下毒