鬼熊俊多ミステリ研究所

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名探偵コナツ 第7話  江戸川乱歩類別トリック集成⑦

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 私が自分の席に座ってあくびしているときその事件は起こった。
「ない! 私の財布がない!」
 大声を上げたのはクラスメイトの明石恵だ。
 私は二度目のあくびをかみ殺しながら、机に鞄の中身をひっくり返している明石のところに行った。
「財布を最後に見たのはいつ?」
「午前中の休み時間、自販機にジュースを買いに行ったときかな」
「その後どこかで落としたってことはない?」
「ちゃんと入れたんだよ、バッグに」
「落としたんじゃないとすると、どこか別のところに置いたとか?」
「バッグにちゃんと入れたから!」
「そう」
 明石がこの様子だとしばらくは有用な情報を得ることは難しい。すぐに解決というわけにはいかなそうだ。地味なフィールドワークに徹する必要が出てくるかもしれない。
 由乃がきらきらした目で私を見てきた。
「犯人、もうわかっちゃったんでしょ?」
「犯人って……。こういう場合は置き忘れの可能性が一番高いよ」
 何でもかんでも事件にするのはよくない。ただ単になくしたとしたら、これは事件ではなくただの事故だ。
 とはいえ、最初事件が起こったと思ったのは私も同じだ。由乃のことばかりを言えなかった。
「ものをなくした場合、持ち主が辿った道をひたすら辿り直すのが王道の解決法よ」
 そこまで言ってから、私は話を振ろうと明石の方を見たら、明石は桂木渉と楽しそうに話していた。クラス一のイケメンと評判の男子だ。
 財布をなくした明石は、桂木に昼食をおごってもらう約束を取りつけた。
 私はそばに寄って聞いた。
「明石、その財布、いくら入ってた?」
「ん、ああ」
 桂木と話すのに一生懸命で、こちらへの対応はなおざりだ。
「……五千円」
 五千円。犯罪者になるリスクから考えれば安い値段だが、高校生にとってはそこそこ大金だ。
「カードは?」
「入ってるよ」
 私が聞くと、明石は桂木君の方を向いたまま答えた。
「大丈夫なの?」
「え、ああ……?」
 鈍い反応だ。
 それでも私がじっと見ていると、
「あ……そうね。カード会社に連絡しないと」
 明石はそう言ってからスマホを取り出すと、廊下に出た。まったく切迫感のない、だらけた態度だった。
 なるほど。つまり、これは自作自演なのだ、と私は気づいた。
 動機は何か?
 好きな男子――桂木渉に事情を話して昼食をおごってもらう。そういう計画だったのだろう。
 私も鬼ではない。被害者と犯人が同一人物、つまり、実質的に被害者はいない。犯行を暴く必要はない。
 おごらされる桂木も満更でもなさそうだし、放っておこう。これがきっかけで二人の交際が始まるのだとしたらいいことだ。
 明石が教室に戻ってきた。
 いつになく真剣な顔で由乃が私を見ていた。それまでずっと私の視線を追い、表情を観察していたようだ。嫌な予感がした。
「もしかして、犯人って、明石さん本人?」
 私に向かって大きな声で由乃は言った。
 ぎょっとした顔で明石と桂木が由乃を見た。
 せめて小さな声で言ってくれたなら対処のしようもあったのだが。
 由乃は私から明石に向き直った。
「ずばり! 動機は桂木君にごはんをおごらせるため。桂木君に恨みを持っていて、その財布の中身を目減りさせようと企んでたのよ!」
 いろいろと私の気遣いは無駄になった。
由乃、それ違う……」
 とりあえず私はそう言った。
 明石が救いを求めるように私を見て、桂木も自らが取るべき行動を知りたいとばかりに私を見た。
 額に手をやり、これは探偵の仕事じゃない、と私は思った。占い師とか、なんかそういう人のやるべきことだ。
 仕方ない。私は覚悟を決めた。額にやっていた手で明石を指さした。
「明石。今すぐ桂木に伝えるべきことを伝えて」
 それから私は桂木を見た。
「桂木は、自分の気持ちに正直になって」
 それでも二人は不安そうに私を見た。
 最後の一押しだ。
「大丈夫。由乃は私が連れて行くから」
 そう言って私が由乃の腕を掴んで廊下に向かうと、明石は深く感謝の念を込めるように頷いた。
 その後二人がどうなったかって?
 語るのも野暮でしょ。

 

 名探偵コナツ 第7話 
 江戸川乱歩類別トリック集成⑦
 (A)一人二役
  (4)犯人と被害者と同一人
   【イ】自分で自分のものを盗む