鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

MENU

 名探偵コナツ 第42話  江戸川乱歩類別トリック集成(42)


 男は鍵のかかったトイレの中で死んでいた。窓は小さく木製の格子が取り付けてあり、人の出入りは不可能だ。
 マンションの一室で起こった事件で、神津刑事の管轄だった。
 神津刑事は私を呼びつけた。ちょうど居間のソファに座ってくつろいでいるところだったので、面倒くさい、と電話口で反発したが、名探偵の呪いが発動して、吐き気をもよおしたため結局行くことになった。
 現場のマンションにつくなり、私は神津刑事に突っかかった。
「私がいなくても事件を解決できるでしょ? 刑事なんだから」
「密室殺人なんだ」
「だから?」
「普通の殺人なら警察だが、密室となれば探偵の出番だろ?」
「へー、言うじゃない」
 神津刑事にしては気の効いた台詞だった。何かが間違っている気もするが、それなりの説得力はあった。それに免じて真面目に謎解きをすることにした。どうせ呪いによって推理をしないわけにはいかないのだ。
 私は2LDKを見て回った。警察関係者とは別に、居間のソファに二人の女が並んで座っていた。それぞれ三十代と二十代に見えた。神津刑事の説明によると、前者が被害者の妻で、後者が被害者の妹だ。
 どう見ても未成年の私が現場をうろちょろしていることに、二人は不審の目を向けた。愛想を振りまくこともなく、私は冷徹に現場を観察した。かなり強力な痛み止めを発見した。
 私は痛み止めをつまみ上げると、女二人に見せた。
「これ、誰のもの?」
「主人です……」
 妻が答えた。
「ふーん」
 私が隣の部屋に戻ると、神津刑事が妻と妹の証言を説明した。
「被害者がトイレに長い間行っていたから二人でトイレに様子を見に行ったそうだ。ノックをしても声をかけても返事がないため、いよいよ心配になって救急隊員を呼んでドアを開けてもらった。救急隊員が被害者を発見した際、被害者はすでになくなっていたというわけだ」
「死因は?」
「どうも毒殺っぽいな。種類まではわからないが」
「つまりトイレの外で毒を飲んだか飲まされたかして、苦しくなってトイレに行った。被害者が鍵を閉めた後、事切れた、と」
「トイレに行ってる余裕なんてあるか?」
「さあ、毒の種類にもよるし個人差もあるから断言はできないけど、もし被害者の意思でなく、他の人間がトイレに行かせたなら、その人物が犯人の可能性が高い」
「その犯人は何のために被害者をトイレに行かせたんだ?」
「苦しんで死ぬ姿を見たくなかったから」
「殺したかったのに?」
「そうよ」
「なぜそんなことがわかる?」
「さっき見つけた痛み止め、かなり強力だった」
 私は居間に行くと、被害者の妻と妹に当時の状況を聞いた。被害者をトイレに行かせたのは妹の方だった。
 気持ち悪い、と言う兄に、出すもの出してすっきりしてきな、と妹は言ったそうだ。
「上でも下でもって」
 と妹自身が付け加えた。
「なんで殺したの?」
 私は妹に聞いた。
 最初は否定していたものの、妹はすぐに白状した。殺人を隠し通せるほどの悪党ではなかった。だからこそ、兄を殺したとも言えた。
「この人、浮気してるんです」
「な、なに言うのよ?」
 義妹の突然の発言に妻が慌てた。
 妹は続けた。
「今日、離婚を切り出すはずでした。それに立ち会うため、私は家に来たんです」
「そのこと、お兄さんは?」
 と神津刑事。
「知りません。知らせたくなかった。だから殺したんです」
「そんな殺すなんて。まだ若いしやり直せた」
「兄は、末期癌でした。闘病しても治る見込みはほとんどないと医者に言われました。それでも兄は癌と闘うつもりでした。兄は、義姉のためにもがんばるって、そう言ってました。でも、その義姉は今日兄に離婚を告げるつもりだったんです。癌と離婚。兄は二重に苦しむことになる。そう考えたら殺すしかないって、そう思ったんです」
 妹は泣き始めた。
 同情のために殺した。
 もし苦しませて殺したかったとしたら、毒など盛らず、闘病生活をさせたはずだ。癌に負ければ亡くなるし、もし勝ったとしたら、そのとき改めて殺せばいい。

 

 名探偵コナツ 第42話
 江戸川乱歩類別トリック集成(42)
 【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
 (A)密室トリック
 (2)犯行時、被害者が密室にいなかったもの。