鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第44話  江戸川乱歩類別トリック集成(44)


 離れから母屋への地面にぬかるみに足跡が残っていた。爪先の向きからして犯人が離れから母屋に向かう前に雨が降ったのだろう。
 雨が降っていたのは午後三時から午後四時までの一時間だ。
 被害者の母親が離れで被害者の遺体を発見したのが午後四時だった。
 死亡推定時刻は午後一時から四時までだ。
 つまり犯人は午後一時から四時までの間に犯行を行い、午後二時から四時までの間に離れから母屋へ戻ったということだ。
 被害者はこの屋敷の長男で、二十三才無職、加賀藤一郎。
 母屋にいたのは、その父、格太郎とその妻、花子、次男の次郎丸三人だ。
 玄関先のカメラによって事件のあった今日、人の出入りがないことはわかっていた。
「私は離れになど行っていない」
 と格太郎。
「私は十二時に食事を届けて、十二時十分には母屋に戻ってました。その後四時に食器を下げに言って藤太郎を、問うたろうが死んでいるのを知ったんです」
「食器を下げに行くのが遅くありませんか?」
 神津刑事は聞いた。
「一応十二時に食事を持っていくようにはしていますけど、藤一郎は食べる時間がバラバラで、持っていっても食べないときもあって……」
「俺は二時にゲームソフトを借りに行ってすぐに戻ってきた。雨が降り出してたけどそれほどの量じゃなかったから俺の足跡はほとんど残ってないと思う。兄貴? 生きてたよ。ゲームやってた」
 神津刑事は三人の話を聞いて、頭を使っているような顔をした。
「犯人はその後訪ねていって、被害者を刺し殺し、また母屋に戻ってきたことになる。でも、誰も犯人を見ていないんですよね?」
 神津刑事が聞くと三人は頷いてから、それぞれの顔を不安そうに見た。
「犯人はこの中にいる」
 神津刑事はそう言ったが、容疑者達に劇的な反応はなかった。それが不満なようで神津刑事は続けた。
「あの足跡のサイズは格太郎さん、あなたのものと同じだ。跡取りが無職なことが許せなくて殺したんじゃないですか?」
「そんなことするわけがない! 失礼なことを!」
「ですが、近所の人の話だと、もめていたとか。これだけ大きなお屋敷で、怒鳴り声が隣に聞こえるというのはなかなかなものですよ」
「それは、庭先だったからだ。それにあいつがふざけたことを言うからだ。無職のくせに結婚したいなどと、絶対に私の財産目当てに決まってるんだ」
「佳奈さんはそんな人じゃないって」
 次郎丸が責めるように言った。
 神津刑事が私に耳打ちする。
「どう思う?」
「たぶん、弟の方もその敵って人が好きだね」
「そういう意味じゃない。女子高せいかよ……」
「女子高生よ」
 私は答えた。
 神津刑事は今度、花子に話を振った。
「あなたも結婚に反対だったんですか?」
「反対では――」
 と言ってから夫の顔を覗い、
「――主人に従うまでです」
 と顔を伏せて言った。
「二人がそんなんだから、昨日も来てすぐ帰っちゃったんだよ。せっかく引きこもっている兄貴の支えになってくれてたのに」
 と次郎丸は言ってから、神津刑事に向き直った。
「とにかく、俺たちは殺してないから。そりゃ仲良し子良しってわけじゃないけど、殺すほど憎しみ合ってはいない」
「口では何とも言えるからな」
「あのなあ、それに靴が見つかってないんだろ? あの足跡に合う靴が。犯人が履いていったからだよ」
「それは処分したと考えている」
「だけど、兄貴の死体を見つけてからお袋は警察をすぐ呼んだし、さっきあんた達部屋の中をひっくり返しただろ。それで見つからなかったんだから、やっぱ犯人が履いて逃げてったんだよ」
「カメラに人の出入りは映っていなかったし、敷地を囲っている塀は上り下りできる高さじゃないし、その痕跡もなかった」
「まだ発見できてないだけだろ。へぼ警察が」
 堂々巡りだ。
 私が前に出ると、神津刑事がほっとした顔になった。
 助け船を出すことにした。ただし、次郎丸に対してだ。
「なぜ靴が見つからないのか? それはまだ犯人が履いているから」
「ほら!」
 と次郎丸は神津刑事に対して勝ち誇った。
「なぜ犯人は見つからないのか? それは隠れているから」
 私が靴を履き離れに向かうと他の者もついてきた。
 私が神津刑事に命じると、神津刑事は他の刑事と共に畳を持ち上げ、その下の床板を外し、床下に身を潜めていた二十歳ぐらいの女の姿を発見した。生きていて、刑事達の顔を見ると、やべ、という表情になった。家宅捜索しているが、まさか床板を外すとは思っていなくて逃げ遅れたのだ。
「佳奈さん。昨日帰ったはずじゃ?」
 花子が驚きの声を上げた。
「帰ると見せかけて佳奈さんはこの離れにずっといた。恋人同士なので別に不自然な行動ではない。両親に良く思われていないから私が泊まったことは言わないで、といえば、黙っている。そして、朝早く離れから母屋に移動、これだけ大きなお屋敷よ。使われていない部屋はいくつもあったでしょう。そのどれかに潜んで身を隠していた。雨が降ってきたのを見計らって、母屋から庭に出ると、格太郎さんの靴を履いて後退る形で離れに戻り、藤太郎さんを殺害した。雨が降るのは天気予報で知っていた。そして格太郎さんの靴を履いて足跡を付けたのは持ち主である格太郎さんに罪を着せるためだった」
「何でそんなこと?」
「佳奈さんは財産目当てで藤太郎さんと付き合っていた。だけど、結婚を格太郎さんに反対されていた。だから、藤太郎さん殺害の罪を格太郎さんに着せ、その後次郎丸さんと結婚するつもりだった。幸い、次郎丸さんも自分のことを好きだとわかっていたから」
 私以外の皆が呆然としていた。
「でも罪を着せるためだったら靴や凶器を警察に見つかるように――」
 と神津刑事。
「このトリックではそれは不可能だった。ただ証拠を警察に発見されるのは後日でも構わないと考えた。方法はいくらでもあるからね」
「私が言ったとおりだ。やっぱり金目当てだった」
 格太郎の不謹慎な言葉に次郎丸は食ってかかろうとしたが、父親の魂が抜けたような顔を見て次郎丸自身もうなだれ、生気を失ったようになった。

 

 名探偵コナツ 第44話
 江戸川乱歩類別トリック集成(44)
 【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
 (B)足跡トリック