鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第45話  江戸川乱歩類別トリック集成(45)

 小学校低学年の眼鏡男子が神津刑事に声をかけた。アパート一階の部屋から争う声が聞こえたので様子を見てほしいというのだ。
 神津刑事と私は顔を見合わせたが、眼鏡男子の案内でそのアパートに向かった。神津刑事は部屋のチャイムを鳴らしたが中から返事はなかった。
「ねえねえ、二人は付き合ってるの?」
 男の子が私に聞いた。
「付き合ってないよ」
「じゃあ、なんで一緒にいたの?」
「頼みごとがあってな。お礼にケーキをおごったのさ」
 神津刑事が答えた。
「ふーん、でも嫌いな人だったらいくらお礼だからってケーキをおごられたりしないよね?少しは気があるんじゃない。ねえ、どうなの、お姉ちゃん?」
 眼鏡男子は嫌らしい聞き方をした。
 慌てたのは神津刑事だ。
「やめてくれよ。そんな噂が広がったら署の連中になんて言われるか」
「なんて言われるんですか?」
「抜け駆けするな、だ」
 署内での私の評価は事件解決とは別の面で上がっていたようだ。
 神津刑事はドアを叩いたがやはり返事がないため大家立ち会いの下、中に入った。当然のように眼鏡男子もついてきた。
 部屋の中央には腹から血を流した女の死体があった。足下には血痕、頭上には血のついたナイフが置かれていて、柄のところには血痕があり、そこから指紋がはっきりと見て取れた。
 その隣には女が倒れていたがこちらは寝息を立てているので眠っているだけのようだ。右手の平にはやはり血痕がついていた。
 神津刑事は寝ている女を睨んだ。
「この女が犯人だ」
「それはなさそう」
「なんでだ? 犯人だったらこんな悠長に寝てないってことか? だが密室だったし、明らかに怪しいだろ」
「足下に血が垂れているのは、被害者が立っているときに犯人が刺したから」
「うん? だろうな。フローリングだし、椅子は机の下で、ソファは離れた場所にあるから被害者は立っていたんだろう」
「もし寝ている状態で刺したら、血が足下に垂れることはない」
「そうだな」
「そして、被害者と隣に倒れている人は身長が同じくらい。だから互いに立っていた状態のとき刺したとすると、犯人はナイフを順手で持っていたことになる。でもこのナイフ、親指の指紋が柄の下の方にあって、小指の指紋は刃の方にある。逆手で持たなければこんな付き方はしない。同じ身長の人間がナイフを逆手で持った状態で相手の腹を刺すことはできない」
「鑑識も来てないのにわかるのか?」
「ナイフの柄に血の痕がべったりあって、見ただけでわかるよ。でもわざとらしい。犯人が彼女に濡れ衣を着せるためにつけたのよ。そのとき持たせ方を間違えた」
「犯人はその場にしゃがんで、逆手で持ったナイフで被害者を刺したってことはないか?」「ないとはいえないけど、もっと簡単な解釈がある」
「というと?」
「犯人の身長は低かった。だから立った状態でも逆手でナイフを持って被害者の腹を刺すことができた。犯人はあなたね」
 私は傍観者を気取っていた眼鏡男子に言った。
「僕が犯人? お姉さん、そんなこと言ったら児童虐待だよ」
「あなたがやったことは殺人よ」
「さっき言ってたのって、状況証拠でしょ? 僕と同じくらいの身長の子なんてたくさんいるよ?」
「あなたはなんで神津刑事に声を掛けのか? 刑事だって知ってたんだよね。それでからかうつもりで声をかけた」
「もし犯人だったらそんな危険なことしないよ。おかしなことを言うお姉さんだな。ぼく困っちゃう」
 私の指示に従って神津刑事は眼鏡男子を署で事情聴取したが、両親が迎えに来て眼鏡男子は帰っていった。その後証拠が出てくることなく、事件は未解決となった。

 

 名探偵コナツ 第45話
 江戸川乱歩類別トリック集成(45)
 【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
 (C)指紋トリック