鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第39話  江戸川乱歩類別トリック集成(39)


 ようやく大型クルーザーが島にやってきた。所有車の立花陽子は亡くなり、長年立花家に仕えてきた下山猛は嘆いた。五十代だ。普段は立花陽子の屋敷で使用人をしていたが、今回は船長を務めていた。その他に助手の相田誠も乗っていた。
 被害者二人の遺体を収容し、五人の生存者を乗せ、クルーザーは本土に向けて島を出た。生存者五人のうち、二人は殺人犯だ。
 大型クルーザーは二階建て、二階がラウンジと操舵室、一階がキャビンになっていた。キャビンは五室あり、中央の通路の先に一室、通路の左右に二室ずつだ。
 A室に二体の遺体、B室に殺人犯の稲垣太郎、C室に殺人犯の松本太、D室に私と由乃、E室に神津刑事だ。
 殺人犯二人が別々なのは共謀することを防ぐためだ。手足は縄で縛ってあり、トイレと食事の時だけ縄を解くが、二人は別々だ。
 私と神津刑事で犯人の世話をすることになった。下山猛と相田誠には船の操縦に専念してもらいたかったからだ。
 トイレに行かせるため、稲垣のB室に行くと、稲垣は天井から首を吊っていた。椅子が足下にあり、そこから飛び降りる格好で首を吊ったらしい。
 すぐに神津刑事が駆け寄ると、稲垣を抱きかかえ、床に横たえた。
「死んでる。松本が心配だ。見てきてくれ」
 と神津刑事は言った。
 私はC室を見に行ったが、松本は無事だった。
 下山猛が犯人ではないか、と私は疑った。下山は立花陽子を大事に思っていた。その仇討ちのため稲垣を殺した。しかし、鍵は神津刑事が保管していた。部屋のスペアキーはないと言っていた。嘘を言っただけかもしれないが。
 神津刑事のスーツのポケットが膨らんでいた。
「相変わらず詰めが甘い」
 と私は言った。
「どういう意味だ?」
「稲垣は神津刑事がドアを開けると同時に椅子から飛び降りた。神津刑事はすぐに駆け寄り稲垣を縄から外した。そうしないと苦しそうな声とか出して死んだふりがばれるからね。そして、私に松本を見てくるように言うと、私がいない間に本当に絞め殺した」
「なんで稲垣がそんな芝居を?」
「死んだふりをすれば逃げられるとかなんとか言ったんじゃない? 死人に監視は必要ないし、手足の縄も必要ないから」
「証拠は?」
「鑑識で調べればわかる」
「犯人が絞め殺した後吊るしたのかもしれない」
 私は神津刑事と間合いを詰め、その手を取った。腕力で抵抗しようとしたが、合気道の要領で腕を捻ると、その手の平を見た。縄の跡がついていた。
「手袋を着けてやっても強く握ればこんなふうに跡もつく。ちなみに手袋はポケットの中。使う前は綺麗に薄くたたんであったからポケットは膨らんでいなかったけど、使った後は急いでしまったから今は膨らんでる」
「なんで俺が? 動機がない」
「ギャンブルで借金して首が回らないって聞いたよ」
「くそ!」
 神津刑事は床を叩いた。

 

「っていう、夢を見たよ」
 と由乃が言った。
「俺はギャンブルなんかしないぞ」
 と神津刑事は文句を言った。
 まだ食事をしている神津刑事を置いて、私と由乃、下山の三人でB室に向かった。食事を下山が持っていた。下山はクルーザーの操縦を相田に任せていた。
 下山がB室の鍵を開けると、中に入った。
 稲垣はベッドの上に倒れていた。胸にはナイフが刺さり、そこから吹き出た血が服に広がっていた。
 食事を床に置き、下山が稲垣に駆け寄ると、
「死んでる!」
 と叫んだ。
 私と由乃は顔を見合わせた。
「お二人は刑事さんを呼んで――」
 それを無視すると、私はベッドに近づき寝ている稲垣の腹を叩いた。いてえ、と稲垣が声を上げた。
 驚いた顔で下山が私を見てた。
 私はさらに稲垣を叩いた。
「わ、悪かったよ。死んだふりして。でも何度も叩くことないじゃないか!」
「命の恩人よ」
 稲垣にそう言いつつ、私は下山を見ていた。
 下山は顔の怒気をまとい、懐から本物のナイフを取り出した。
「俺は、お嬢様の仇を取らないといけないんだ!」
 下山はベッドの脇に回ると、稲垣を刺そうとした。
 私は下山のナイフを持った手を掴むと、奪い取り、床に投げ飛ばした。

 

 名探偵コナツ 第39話
 江戸川乱歩類別トリック集成(39)
 【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
 (A)密室トリック
 (2)犯行時、犯人が室内にいたもの
 【ハ】実際より前に犯行があったと見せかける。