被害者は運転中に事故を起こして亡くなった。原因はスマホに気を取られての運転ミスと思われている。
「すごいメッセージの量ね」
私は被害者のスマホ画面を見て言った。妻から大量のメッセージが届いていた。
「しかもこの人、その一件一件にちゃんと返信してる」
「被害者の同僚によると、彼はかなりの恐妻家だったらしい。ちゃんと返信しないと家に帰ってからひどい目に遭うらしい」
「どういうふうに?」
「家に入れてもらえなくなる」
「へー」
「もし中に入れたとしても妻が暴力をふるったらしい」
「それでこのメッセージの量ね」
私はスマホ画面を見て溜息をついた。警察が作った、被害者が亡くなる前のタイムスケジュールの紙を確認した。
「これと照らし合わせると、被害者が車に乗ってからのメッセージが多いよね」
「ああ、感心しないな。運転中のスマホ使用は法律違反だ」
私は神津刑事をじっと見た。
「どうした?」
じっと見た。
「一体どうしたって言うんだ?」
「さっきも言ったけど、少し言い方を変えるね。妻は被害者の運転中を狙ってメッセージを送ってる」
「それが?」
「わざとやったんじゃないかって思わない?」
「どこに夫の死を願う妻がいるって言うんだ」
私は一瞬フリーズした。
「……そこら辺にいるんじゃない?」
「そんなことはありえない。夫婦は愛し合い助け合うものだ」
「でも、夫は恐妻家で、妻はその夫に暴力をふるってるよ?」
「そうだとしても、心の底では愛し合っていたはずなんだ。暴力は感心しないが、それも不器用さゆえだったかもしれない」
「本気で言ってる?」
「当たり前だ」
「神津刑事のずれたとこ、また見つけちゃった」
「あのなあ」
「でもね。世の中には家族を殺す人間なんて大勢いる。金が絡めばなおさらね。被害者がどんな生命保険に入っているか調べてみるといいよ」
私の言葉が冗談でないとわかったのか、神津刑事は溜息をついた。自分の言葉より私の言葉の方が経験的に信用できるとわかっているのだ。
「しかし、信じられないなあ。だがどうやって夫が運転中と知ったんだ? やっぱりたまたまなんじゃないか?」
「今時、GPSで追跡できるでしょ。移動速度で車か徒歩かわかるよ。恐妻家の妻がその手のアプリを夫のスマホに入れていないはずがない」
「だよなあ……」
神津刑事はまた溜息をついた。
どうやら私は神津刑事が結婚に抱いていた信仰を壊してしまったようだ。申し訳ないと思うと同時に、いいことをしたとも思った。
名探偵コナツ 第33話
江戸川乱歩類別トリック集成(33)
【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
(A)密室トリック
(1)犯行時、犯人が室内にいなかったもの
【ハ】自殺ではなくて、被害者自ら死に至らしめるトリック。