私は歩いていた。目的地は決まっていないが、歩いていた。名探偵の呪いとも言えばいいのか、この周辺で事件が起きていると感じていて、いても立ってもいられなかったからだ。
銃声がした。
目的地は決まった。銃声のした場所に向かって走った。近くで機械音がした。閑静な住宅地だったので不思議に思った。最後の一軒を通り過ぎてから数メートル先にある空き地前に来たときには機械音はやんでいた。
その空き地のやや奥まったところに人が倒れていた。女だった。まだ若い。といっても私より年上で二十才ぐらいだ。胸を中心に赤い血が広がっていた。その足下に拳銃が落ちていた。
周囲に建物はないが、背の高い草が生えていて目撃情報は期待できそうになかった。
私と死体があるだけで、犯人の姿はなかった。銃を撃ってからすぐにその場を立ち去ったのか、私の気配を察してか逃げたのだろう。
私は女の死体に触れた。
それから立ち上がると、神津刑事を呼んだ。
警察は現場検証を行い、署に戻る神津刑事に私は同行した。
第一容疑者は被害者と交際していた男だった。容疑者は被害者に三百万の借金をしていてトラブルになっていたそうだ。だが、男にははっきりとしたアリバイがあった。銃声がした時刻、歩いて三十分のところにあるコンビニで立ち読みをしていたのだ。帰りがけに缶コーヒーを買ったレシートも持っていた。
男は取調室で事情聴取を受けた後、エントランスから出ると振り返り、署の建物に向かって唾を吐いた。
私は男に歩み寄った。
「あなたが犯人」
「何言ってる?」
男は胡散臭そうに、それでいてどこか嬉しそうに私の姿を眺め回した。恋人が死んだばかりの男には見えなかった。
「犯人が美鈴に対して発砲したとき、俺は車で三十分の場所にいた」
美鈴とは被害者の名前だ。
「ドローンを飛ばして録音していた銃声を大音量で流した」
「何だよそれ。本気で俺を犯人扱いするのかよ?」
男の動揺の激しさは滑稽なほどだった。
「あなた、ドローンとか得意でしょ? 家宅捜索すればわかるよ」
男は大学の工学部に所属していた。部活ではロボットを扱っていた。ドローンでのアリバイ造りなどお手の物だろう。
「家にドローンがあったとして、俺がやった証拠はないだろ?」
「音声はもう処分したから?」
「…………」
その手にのるかとばかり男は黙りこくった。ほとんど自白しているようなものだが、確かに黙っているからと言って犯人ということにはならない。
「証拠はあるよ」
「はあ?」
「まず私が死体に触れたとき、死体は冷たかった。殺されてすぐなのに血も固まっていた。そこから銃声がする十分かそれ以上前に被害者は死んでいたと推測できる」
「……血の固まり方は人それぞれだろ」
「死体発見現場の近所の家、そこのインターホンのカメラに銃声がする四十分前、あなたの姿が映っていた」
「な――」
まだ警察は確認していないが、事実映っていてもおかしくない。私のはったりはかなり効果的に作用したようで、男は馬鹿みたいに口を開けていた。
「そのカメラ動画には、コーラの栓を抜いたような音が入っていた。実際に犯行を行った際、あなたは消音のためにサイレンサーを銃口につけていた。電子機器を使ってるのは自分だけだって自惚れると、こういうつまらないミスをすることになる」
私がそこまで言い切ると、男はがっくりとのその場に膝をついた。
名探偵コナツ 第48話
江戸川乱歩類別トリック集成(48)
【第三】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
(C)音による時間トリック