鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

MENU

名探偵コナツ 第49話



「だから言ってるでしょ。大雨で車がやられて移動できなかったって。エンジンルームが泥だらけよ。動かせるはずがないでしょ」
 工藤直美は言った。声こそ大きくないものの、それは叫び声のようだ。
 私は工藤直美と立ち話をしていた。
 工藤直美はドアを内側に押さえ、玄関にサンダルを突っかけて立っていた。
 私は外の通路に立っていた。
「その上、夜の十時まで、鈴木さんの部屋にいたから。午後十時三十分だっけ? その犯行時刻に間に合わないわよ。歩いて片道一時間はかかる距離なんだから。自転車だって厳しいでしょ」
 被害者の死亡推定時刻は午後十一時三十分で、それは確かなことだ。
 工藤直美と鈴木妙子は同じマンションの住人で、友人同士だ。
 事件当日の深夜、大雨により一時的に川が氾濫、マンション駐車場にあった半数近くの車が水没した。
「でも、あなたの車が駄目でも鈴木さんの車がある。鈴木さんの車は無事だった」
「鈴木さんがやったって言うの?」
「あなたが鈴木さんの車を勝手に使って、被害者の家に向かい、被害者を殺した」
「そんなのばれるわよ」
「このマンション、部屋の窓から駐車場の位置は見えない。鈴木さんが部屋の中にいる限り、勝手に使ってもばれることはない」
「……証拠は?」
「鈴木さんに確認したら、スペアキーが見つからないと言ってた。あなたが盗んだ。それを使って車を動かし犯行現場に向かい被害者を殺して、その後駐車場に車を返しておいた」「鈴木さんがなくしただけでしょ」
 さすがに工藤直美はスペアキーをすでに処分しているだろう。
 それでも犯行を立証するのは可能だ。
「なぜか鈴木さんの車の中から凶器が発見された」
「ちゃんと処分したわよ!」
 あ、と女は口を手で押さえた。
「いや、えーと、もし私が犯人だったらね。そんな初歩的なミスはしないわ」
「その程度だと警察の尋問を耐えるのは無理よ」
「わ、私にはアリバイがあるわ」
「警察の捜査でアリバイの重要度は高くない。アリバイを重要視するのはドラマの中の警察ぐらい。それよりも動機が重視される。一度疑われたら後は徹底的に尋問を受ける。被害者が死んだおかげで数千間円の保険金が入る。警察は絶対に追及の手を緩めない」
「ちょっと待ってよ。私にはアリバイが――」
 私はついてきていた神津刑事に後を譲り、アパートを後にした。

 

  名探偵コナツ 第49話
 江戸川乱歩類別トリック集成(49)
 【第三】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
 (D)天候、季節、その他天然現象利用