鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第68話  江戸川乱歩類別トリック集成(68)

 生きてる人間なら隠れるのは簡単だ。
 でも死んだ人間の方がもっと簡単だ。
 ばらばらにすればいいし、ずっと逆さまにしてもおけるし、酸素のない場所において置くこともできる。私はわかりきったことを頭の中で反芻する。
「面倒だな……」
「だったらやめたらどうですか?」
 私のつぶやきに、大輝が言った。
「駄目。由乃との勝負だから。これに勝ったらプライベートビーチに連れて行ってくれるって」
「小夏さんってそんな俗物でしたっけ?」
「毎日事件事件、たまには息抜きしたくもなる」
「旅行に行っても事件に巻き込まれるだけだと思いますけど」
「それもわかってる。でも多少の気分転換にはなると思う。例え事件が起こってもバカンスはバカンスだって思い込むことだって不可能じゃない」
「……そうですか。でも勝負に勝たなくたって小夏さんが言えば、由乃さんは連れて行ってくれると思いますよ」
「まあね。そういう遊びなんでしょ」
 私は蛇口をひねり浴槽に水をため始めた。
 ここは大輝の家だ。
「え、ちょっと、濡れてるんですけど」
 大輝は浴槽の中に入っていた。私がそう命じていたからだ。大輝は由乃から私の命令をちゃんと聞くように五分ほど前に言い含められていた。
「大丈夫。顔は浴槽の上に出ないようにして、そっち側はすのこで隠す。それで体育座りみたいにできる限り足を折り曲げておいて。そうやって体が見えない部分だけすのこを開けておくから。そしたらその部分を見た由乃はあなたがここに隠れてるなんて思わないでしょ?」
「なるほど。でも僕の服がもはやびっしょりなんですけど? パンツまで……」
「ここ、あなたのうちなんだから着替えくらいあるでしょ?」
「そりゃありますけど……」
 浴槽に七割ほど水が溜まった時点で私はその場を離れ玄関に向かった。
 ドアを開けると、由乃を迎え入れた。
 由乃は満面の笑みだ。
「わくわくするなあ。これから名探偵としてこの家に隠された死体を探すわけだからね。なっちゃんは犯人役として死体隠すのわくわくした?」
「あんまり……」
「さすが、名探偵。犯罪者になっても冷静だね」
 由乃は顎に手をやると、ニヤリと笑った。
「そういうわけじゃないんだけど」
 と私は一応言っておく。
 私はスマートフォンを見る。午後二時十分。
「制限時間は十分ね。はい、スタート」
 私が合図すると、由乃は駆け出した。
 まず階段を登って二階に上がった。二階からもドタドタとせわしない足音が聞こえた。どうやら運動量に任せてくまなく探すつもりのようだ。
 由乃は一階に降りてきて全部屋を見て回った。浴槽にも行ったがそこで大輝を見つけることはなかったようだ。
 私の前にやってきた。
「どこにもいない。本当にこの家の中に死体を隠したの?」
「隠したよ」
 由乃は私の顔をじっと見た。私が嘘をついていると思っているようだ。私がそんなずるをすることなんてないと知ってるくせに。
 諦めたように視線を落として、あ、と由乃は言った。
 由乃は浴槽に向かって走り出した。
 すのこが勢いよく開けられる音がここまで聞こえた。
「いた!」
 喜びの声も聞こえた。
 私はスカートのポケットから靴下を取り出し履き始めた。

 

 名探偵コナツ 第68話
 江戸川乱歩類別トリック集成(68)
 【第五】人及び物の隠し方トリック
 (B)生きた人間の隠れ方