屋上のドアを開けると、人が仰向けに倒れていた。上半身の数カ所から血を流していた。そばには血のついたナイフと手袋が落ちていた。
「……佐竹にやられた。あいつが突然襲ってきて」
倒れている男はそう言うと、目を閉じた。事切れたらしい。
屋上の隅に行って佐藤由乃は地上を見下ろした。
「佐竹ってあの人だよね?」
下には転落死体がある。
「つまり佐竹って人がそこに倒れている人を刺してから飛び降りたってことかな? 自分の犯行を悔やんでの自殺ってことだよね」
「……どうだろうね」
何を隠そう、私と由乃は佐竹が地面に落ちるところを目撃した。そのためこうやって屋上まで上ってきたのだ。
「疑う余地はないんじゃないかな?」
由乃はそう言ってから、
「でも、なっちゃんがそう言うってことは、何か気になることがあるんだよね?」
と確認した。
「そうね」
膝を曲げて靴底を見せるよう私は由乃に頼んだ。
由乃の靴底には鳥の糞がついていた。
「わ、汚い」
「今由乃がいる、そこら辺から飛び降りたと思うんだよ。佐竹っていう人の靴底にもついてたのを見たから」
「さすがの観察力」
私はもうひとつの死体に目をやった。その靴底にも鳥の糞がついていた。
「この人はここで刺された。ここには鳥の糞がないのになぜかついてる。おかしいと思わない?」
「でも、ここで刺されてからそっちに逃げたってことはない?」
「そちらには血の落ちた跡がない。移動した際に多少は落ちるはずよ」
「ナイフを出されてびっくりして逃げたとか」
「それはあるかもね。でも逃げたのに、正面から刺されてる。腕に防御した際の切り傷もない」
私は死体の横に屈み、手をかけて動かし、その背中を見た。
やはり傷はなかった。
それから手袋に目をやった。
「手袋をして犯行に及ぶってことは、凶器に指紋が付かないように、自分の犯行を隠すのが目的のはず。なのに、犯行後にすぐ屋上から飛び降りるっていうのは矛盾してる。だけど犯行時その手袋が使われたことは血がついているから間違いない」
「じゃあなんで使ったんだろう?」
「確かにこの手袋は使われた。でも使ったのは佐竹じゃなく、ここで倒れている人だった。自分の指紋がナイフに付くことを防ぐために使った」
「どういうこと?」
「他殺に見せかけた自殺ってこと。この人は佐竹を屋上から突き落としてから、自分を刺した。そして、ナイフを置き、手袋も外した。当然、ナイフも手袋も佐竹の持ち物だろうね」
私は由乃のところまで行き、佐竹の死体を見下ろした。
由乃は納得がいかない顔だ。
「なんでそんなことをしたんだろ? 自分も死んじゃって……」
「殺すだけじゃ足りないくらい佐竹のことを恨んでたんでしょ。結果的に――」
私は屋上の死体に目を移した。
「――仲良く死体になってるけどね。ほとんど無理心中。恋人かストーカーか。そんなふうに思われたかったわけじゃないでしょうに」
名探偵コナツ 第34話
江戸川乱歩類別トリック集成(34)
【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
(A)密室トリック
(1)犯行時、犯人が室内にいなかったもの
【ニ】他殺を装う自殺