鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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名探偵コナツ 第73話  江戸川乱歩類別トリック集成(73)

「あいつが手紙を盗んだに決まってる」
 私たち探偵の前で彼女は言った。
 私を含めてその場には十一人の探偵がいた。中途半端な数だが、とりあえず彼女はそれだけの人数を雇った。
「私は間違いなく家から歩いて五分のところにある農協前の郵便ポストに手紙を投函した」 彼女は二十九歳で、去年親の勧める相手と結婚した。
 その半年ほど前には別の男と付き合っていて、その彼氏が手紙を盗んだと彼女は考えていた。
 その彼氏はダンボールアーティストであり、段ボールでいろいろな物を作ることを生業としていた。実用的な物から芸術的な物まで幅広く手がけていたが、大した金にはならなかったらしく、彼女の親の反対もあり別れた。そのとき大げんかしたらしく、未だに元彼が自分に恨みを抱いていると彼女は思っていた。
「手紙を出す前、あいつにLINEしてやったのよ。ものすごい悪口を書いた手紙を家の近くのポストに明日投函してやるってね」
「なんで明日だったんですか?」
 サングラスの探偵が聞いた。サングラスをしているだけで強面ということはない。むしろ気弱な印象を受けた。
「まだ手紙を書いてなかったし、タイムリミットを示してやった方が苦しみも倍増するかなって思って。その方が気分が良くならない?」
 サングラスの探偵は何も答えなかった。
「それで思い詰めて私が投函した手紙を盗んじゃったんでしょうけどね。これであいつも前科持ちだ。ざまあみろ」
 その後も探偵たちから依頼主である彼女に対して様々な質問が飛んだが、私は黙っていた。
 その後解散となり、探偵それぞれが事件の解明に当たることになった。
 彼が段ボールアーティストとわかった時点で、トリックには見当がついていた。
 彼についてネットで検索してみる。画像だけでそのすごさがわかった。ただの段ボールが彼の手にかかればあらゆる物に化けた。本棚を作ればそれはまるで木製の物のようだし、金庫を作ればそれはまるで金属製のようだった。
 だから本物そっくりの郵便ポストを作ることも簡単だった。
 問題は、どうやって彼女に本物と偽物の位置を錯誤させたかということだ。被害者はいつもその郵便ポストを使っていた。そしてそこに投函した。単純に考えて郵便ポストの位置が違っていれば気づいたはずだ。
 私は歩きながらそこまで考えを進めると、件の郵便ポスト前に立った。もちろん段ボールなんかじゃなくて本物だ。
 私を除く十人の探偵はすでにその場にいて郵便ポストを調べていた。
 その郵便ポストはわかりやすい場所に立っていた。他の場所に偽物があったとしてそちらに投函する可能性はゼロに近いように思えた。
 もし間違えて投函してしまったとしても、手紙が盗まれたと考えた時点で、郵便ポストが違う場所にあったと気づきそうなものだ。探偵を十一人も雇う前に。
 それとも、本物そっくりでありながら、少し大ぶりに作った段ボールの郵便ポストを本物にかぶせたのだろうか?
 それは投函した手紙が本物の郵便ポストの内側には入らず、偽物と本物のポストの隙間に入るような仕組みだったのか? だとしても、やはり違和感があったはずだという結論に達した。
「あえて間違えた」
 思考に上る前にその考えを私は口にしていた。
 そうやって言葉にしてみると、それが真実のように思えた。
 私はその場を離れた。
 他の探偵はまだ郵便ポストを調べていた。
 私は彼女と彼のアパートで会った。部屋の中は段ボールによる創作物であふれかえっていたが、郵便ポストは見当たらなかった。
 私はここで謎解きするつもりでいたが、彼女は嫌がった。
「こいつの悪事、どうせならみんなの前でばらしてやりたい」
 と言うので、人通りの多い道に三人でやってくることになった。
 その頃には十人の探偵たちも合流した。
 彼女はスマートフォンで録画を始めた。
「どうせならこいつの悪事、世界中にばらまいてやる」
 と彼女は嬉しそうに言った。
 彼の顔はどんどんと暗く険しくなっていった。
 私は聞く。
「あなたが手紙を盗んだ?」
「そうだ。まさかだまされるなんてバカだよ。女は地図が読めないとかいうけど、そういう類いなのかね」
「あんたねえ・・・・・・!」
 彼女は憤ったが、彼はせせら笑う。
「お前がバカじゃなかったら、こんな大事になることはなかったんだ。見てみろ。行き交う連中、みんな俺たちを見てるぞ。何だよ、この仮装行列は?」
 そう、私以外の探偵たちは控えめに言って派手な格好をしていた。依頼人である彼女がそのような格好をさせたのだ。私はなぜかミニスカふうの着物を着せられ、化粧までさせられた。
 その理由には見当がついていた。
 彼女が悪趣味だからということではなく、目立つためだ。
 私は言った。
「確かに大事になったのは彼女のせいだけど、それはバカだからじゃない。ある意味バカな行為だけど、ちゃんと考えがあってのことだった」
 ちょうど神津刑事が軽トラックに乗ってやってきた。
 軽トラックの荷台には赤いポストが載っていた。
「こいつの友人の家にあった。犯罪の証拠品なんだからさっさと捨てればいいのに」
 運転席から降りてきた神津刑事が言った。
「それができないことはわかってた。アパートの中も段ボール作品であふれてたしね」
 私は改めて彼に向き直った。
「彼女はバカじゃない。大事にすることが彼女の目的だった。だからあなたが事件を起こすように誘導した。この段ボールポストのできを多くの人に知ってもらうために。そのために無駄に多くの探偵を雇ったし、動画を投稿しようとしてる」
「恵、お前・・・・・・」
 彼は彼女を見た。
 彼女はうつむいた。
「徹のバカ・・・・・・」

 

 名探偵コナツ 第73話
 江戸川乱歩類別トリック集成(73)
 【第五】人及び物の隠し方トリック
  (D)死体及び物の替え玉