「あの落ち葉がすべて落ちたら僕は死ぬんだ」
と男は言った。
「あ、間違えた」
私は病室のスイング・ドアを閉めると、下の階に行った。亡くなった少女・筒見綾はそこに入院していた。
先ほどの男が指さしていた木にロープの先を引っかけ、首をくくって亡くなっていたのだ。死体発見時、その足下には椅子が倒れていた。
問題は、筒見綾がどうやって枝にロープを引っかけたかだ。ロープの先には輪っかが作ってあり、結ぶというよりは枝に通した、あるいは引っかけたという表現が正確だ。
病弱で小柄だった筒見綾が木登りをして、三階と四階の間にある高さの枝にロープを引っかけたとは思えない。
三階にある筒見綾の病室に到着した。
この病室の窓からも件の枝を見ることはできた。
窓からロープの先を持って手を伸ばしても枝には届かない。三メートルほど距離があった。投げて引っかけるのは難しい。だが、何か棒のようなものを使えば簡単だ。
枝は窓よりも高い位置にあるので通したロープが落ちてきてやりにくいだろうが、慎重にやるか、棒に何らかの工夫を施せば不可能ではない。滑り止めをつけたり突起を付けたりなどだ。
だから、筒見綾の死が自殺であっても何ら不思議ではない。だが、殺人であっても何ら不思議ではないのだ。
殺人だった場合、こんなトリックが考えられる。
下の階の人間が窓から顔を出したら、上の階の人間が輪を作ったロープを垂らし相手の首に引っかけて持ち上げる。窒息死しておとなしくなったら、犯人が持ってる側のロープの輪を木の枝に引っかける。
被害者が死亡するまでロープを引っ張りあげておく仕掛けか腕力が必要だが、被害者である筒見綾の小柄な体格を考えると、後者の方法も難しくはなさそうだ。
筒見綾の病室には棒がなかった。自殺ではなく殺人の可能性が増した。私は先ほど間違えて入った、上の階の病室を訪ねた。
スイング・ドアを開くと、ベッドに腰かけている男が私を見た。二十代後半、色白で体格のいい男だった。
男は私を見てから窓に外に目をやる。
「あの木の落ち葉がすべて落ちたら僕は亡くなると思う。治らないってお医者さんが言ってたんだ」
「へー」
私はベッドに近づいた。
男が私を見た。
「最後に思い出がほしい。僕と付き合ってください」
「嫌よ」
「なんでっ?」
男はベッドから降りると、憤怒の顔で私の前に立った。
「付き合ってください」
「嫌よ」
男は私の首を掴むと、そのまま持ち上げた。私の両足が宙に浮いた。両手で男の腕を掴んだ。びくともしない。すごい腕力だ。
「付き合って」
「い、嫌よ……」
「あの女みたいに死にたいのか? お前も吊すぞ!」
犯行を自供した、と私は判断した。
左足を男の腹に当てた。
「何だ、それ? 効かないぞ」
私は体を安定させると、右の爪先で金的を思い切り切り上げた。男は短い悲鳴を上げ、股間を押さえながら膝をついた。
腕の力が緩み、私の両足が床に着いた。おまけとばかり男の顎先をこするようにして蹴った。男は股間を押さえたままの格好で、横倒しで床に倒れた。
名探偵コナツ 第35話(2)
江戸川乱歩類別トリック集成(35)
【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
(A)密室トリック
(1)犯行時、犯人が室内にいなかったもの
【ホ】自殺を装う他殺