田中一郎が自室で首を吊って自殺していた。
発見したのは妻の早苗だ。
早苗はいつまで経っても起きてこない田中を起こすため、部屋の外から声をかけた。二人の寝室は別々なのだ。
ドアをノックした。そのときドアの響き方がおかしいことに気づいた。そのため不安を覚えて何度も声をかけた。
仕事が休みでまだ寝ていた息子の太郎が起きてきて、早苗と一緒に呼びかけた。一向に起きてこない田中を心配して、二人はドアを開けることにした。
ドアは部屋の内側に閉じるタイプだ。
早苗がドアを押すが開かなかった。ドアの先に抵抗を感じた。
「どいててくれ」
と太郎は言って、母親をどかすと、ドアに肩から体当たりした。
ものすごい音がしてドアが開いた。
なかなか開かなかった理由はすぐにわかった。部屋には本棚が倒れて、本が散らばっていた。本の入った本棚がドアの開くのを防いでいたのだ。
そして、部屋の中央には電灯のところに紐を結びそこから首を吊っている田中の姿があった。足下には踏み台に使ったと思しき椅子があった。
今朝の出来事を語り終えた後、神津刑事は言った。
「つまり密室殺人というわけだ」
「鍵がかかる部屋なのになんで鍵をかける代わりに本棚が置いてあったの?」
私はドアを見て言った。
「破損した鍵が机の上に置いてあった」
「金属製でしょ? そう簡単に壊れるかな?」
「実際に壊れてたんだから仕方ない」
「自殺じゃなく他殺で、犯人が本棚を使って密室を演出したとも考えられる」
「考えるだけなら自由だが、その方法がわからないんだ」
「私にはわかるけど」
「もうわかったのか?」
「期待してたくせに」
「ぐう、そう言われると弱いが」
「二つの可能性が考えられる。まずひとつ、母と息子が共犯だった場合、単に警察に嘘を言っている」
「この夫婦はおしどり夫婦で有名だ。奥さんが被害者を殺すなんてあり得ない」
「じゃあ、もうひとつの可能性。ドアを開けるとき思いっきり体当たりをして本棚は倒れた。その結果、中身の本が散らばったと思ったけど、違った。本棚に本は元々入っていなくて本棚だけがドアに接して立っていた」
「だが、奥さんは最初ドアを開けたとき抵抗があったと言っていたぞ。本棚にぶつかってたんだろ?」
「本棚がある分抵抗を感じるよ。だから普通に開けようとしたとき開かないと思い込んでしまった。少し力を入れれば開くけどね。子象の鎖と一緒よ」
「小僧の鎖? なんだそれは?」
「象を子供の頃、鎖に繋いでおくと、力がないから逃げても無駄だと象は学習する。その鎖を引きちぎれるほど体が大きくなっても子供の頃の経験から無理だと諦めて最初から挑戦しなくなるってこと。つまり思い込みを利用したトリックよ」
「なるほど……。だが、部屋の内側に閉じるドアにぴたりと本棚をくっつけるのは不可能だ。窓の鍵は閉まっていたし、密室なのは同じだろ?」
「本棚とドアを両面テープでくっつければドアを閉めたとき、本棚はドアについてくる」「そうか……」
「いつまでも母に任せていたら、ドアを開けてしまうかもしれないから、すぐに息子は母親をどかし、ドアに体当たりした。赤の他人ならともかく、この手のことに関して家族を騙すのは簡単よ。本棚とドアを調べれば両面テープの痕跡が見つかるはずよ」
「だが、ドアと本棚は両面テープでくっついてたんだろ。なんで倒れたんだ?」
「粘着力の弱いものなら、ちょっとした衝撃で離れるよ」
床にものが落ちる音がしたと思って、そちらを見ると、太郎が床に膝をついていた。どうやら渡したたちの会話を聞いてたらしい。足に力が入らなくて思わず、といった感じだろうか。
名探偵コナツ 第35話
江戸川乱歩類別トリック集成(35)
【第二】犯人が現場に出入りした痕跡についてのトリック
(A)密室トリック
(1)犯行時、犯人が室内にいなかったもの
【ホ】自殺を装う他殺